塩と酒でゆでるだけ 「塩煮」で素材の味引き出すコツ
魅惑のソルトワールド(38)
素材を塩でゆでるだけ、煮るだけ。とても料理とは呼べないような気もするが、これも立派な料理の1つだ。「塩煮」と呼ばれる料理だ。
料理の下ごしらえに「塩でゆでる」技法がある。1リットルのお湯に大体10グラム程度の塩を入れて煮る。この意味はまず、塩を入れることで食材の変色を防ぐことができる。ホウレンソウやコマツナ、ブロッコリーなどはクロロフィルを多く含むが、クロロフィルの分子は塩のナトリウムイオンによって安定するので、酸化酵素の働きが抑えられて青色が変色しない。また、栄養素が水の中に流れ出るのを防ぐこともできる。
次に、食材の食感を軟らかく仕上げることができる。塩の浸透効果によって野菜の細胞壁が破壊されることで、軟らかくなる。そのため、煮くずれしやすいような食材は塩を入れないでゆでたほうが食感を保つことができる。最後に味つけだ。塩を水に溶かしてからゆでることで、食材の中までしっかりと塩水が浸透し、塩味をまんべんなくつけることができる。
塩でゆでるだけでも、立派な調理法といえる。例えば沖縄県では「白身魚の塩煮」が家庭料理として日常的に作られているし、奄美大島にも「豚足の塩煮」がある。高知県の四万十川では名産のアユを塩で煮て食べる伝統的な料理がある。鹿児島では、生の落花生を塩ゆでにして食べる。そして、日本各地の海岸沿いで、貝の塩煮が食べられている。また、モンゴルでは、「チャンスンマハ」という羊肉の塩ゆでが日常的に食され、ロシアでは「トゥションカ」という牛肉や豚肉、羊肉の塩ゆでをした缶詰料理が食べられている。
時には酒の力を借りることもある。食材に臭みがある、食材をさらに軟らかくしたい時などだ。
例えば魚を調理する時には、魚に塩をふって浸透脱水作用により余分な水分とともに臭みを抜いてから調理をするのが一般的だ。もし魚の身に、臭みの原因になるトリメチルアミン残っていた場合、水溶性のためゆで汁に出てしまう。それを緩和してくれるのが酒である。
アルコールに含まれるカルボニル化合物が臭みの元であるトリメチルアミンと反応して臭みを消すとともに、酒の持つ芳香がプラスされることで、マスキング効果も得られる。酒の沸点は78度とお湯に比べて低く、先に食材と酒を入れて加熱することで、アルコールの蒸発と一緒に食材に含まれる臭みのもととなる匂いの成分を飛ばすことができる。また、アルコールには食材を軟らかくする効果もある。特に肉や魚は加熱することで収縮するが、酒のアルコールがたんぱく質を変性させて水分の流出を抑え、しっとりと軟らかく仕上げることができるのだ。さらに、酒の多くはうまみ成分であるグルタミン酸を含み、食材のうまみとの相乗効果で、よりうまみが増すことも期待できる。
酒と一口にいっても、日本酒(清酒)、焼酎、ワイン、蒸留酒など、様々な種類がある。基本的な作用は変わらないが、酒の種類によって味わいや香りなどの特徴が異なるので、どのような料理に仕上げたいかで選ぶとよいだろう。うまみが欲しい場合は日本酒、臭みを消したいだけの場合は蒸留酒、酸味が欲しい場合は白ワイン、タンニンの渋みが欲しい場合は赤ワイン、などである。いずれにせよ、調理の最初の段階で入れて、しっかりと煮切ってアルコール分を飛ばすことが重要だ。
気を付けたいのは、料理酒を使用する時。塩や酢、ものによってはうまみ成分があらかじめ添加してあることが多い。レシピに「酒」としか書いてない時にこの料理酒を使用すると、もともと含まれる塩分で味が付いているところに、さらに塩を加えることになり、塩分過多になりやすいのだ。
ここで2つ、簡単にできる塩煮を紹介したい。「白身魚の塩煮」と「豚の塩煮」である。どちらの料理も材料も調理工程も非常にシンプルなので、ぜひチャレンジしてみてほしい。
「白身魚の塩煮」は沖縄県の代表的な家庭料理で、沖縄では塩のことを「まーす」というため、「まーすに」と呼ばれている。魚の種類は白身であればなんでもよい。使用する酒は沖縄県らしく泡盛が一般的だが、日本酒でも代用可能だ。白身魚は丸ごとなら内臓とウロコを処理しておく。切り身ならブツ切りか、厚めに切り分けたものがおすすめだ。どちらも塩を振って10~20分ほど置いて脱水させ、臭みを抜いておくと出来上がりがおいしくなる。
鍋に水、泡盛、塩を入れてよく混ぜて溶かし、そこに魚を入れていったん沸騰させてアルコールと臭みを飛ばす。弱火にして魚に火が通るまで煮込んだらできあがりだ。汁がしみこむようにしばらくおいてなじませると、よりしっとりと仕上がる。お好みで刻んだショウガを加えたり、細かく刻んだアサツキを散らしたり、アオサ(青のり)を加えてもよい。
次に「豚の塩煮」だ。箸で簡単にほぐれるほど軟らかくなったうまみたっぷりの豚肉の塩には、「え?塩だけ?本当に?」と食べる人の驚きを誘うこと間違いなし。この料理に使う豚肉は豚バラ肉を強くおすすめしたい。脂が気になるという人もいるかもしれないが、煮ている間に脂はすっかり抜けてしまってコラーゲンだけが残るので、気にせずに使ってほしい。
鍋に豚バラ肉を塊のままと、豚バラ肉がひたる程度の水、日本酒または泡盛、塩を入れて火にかける。沸騰したら中火にして、10分ほど加熱する。ここで重要なのが根気強くアクをすくうこと。これをするかしないかで豚肉の臭みが残るかどうかが決まるので、おいしさが格段に変わってくる。そのあと、もし水が少なくなって豚肉が顔をだしていたら水と少しの塩を足し、コトコトとお湯の表面が揺れるくらいの火加減で、約1時間煮込む。それだけである。
豚肉の香りが気になる人は長ネギの青い部分やショウガをいれてもよい。脂を徹底的に取り除きたい人はそのまま鍋で一晩冷ましておくと、鍋の上部の脂(ラード)が白く固まって取り除きやすくなるので、次の日まで待とう。脂をしっかり取り除いたあとのスープは格別のおいしさなので、スープのベースとして活用してほしい。取り除いたラードは瓶に入れて冷蔵庫で保存しておき、チャーハンなどのいため物の際に使うと、豚肉のうまみも加わって、おいしく出来上がるので活用してほしい。
塩煮は基本的にとてもシンプルな料理だ。そのため、どの塩を使うかということも味に大きな影響を与えるファクターとなる。個人的には煮込み料理にはうまみの強い塩=マグネシウムをある程度含む塩をおすすめすることが多いが、食材のどのような味を引き出したいかによっても変わってくるので、いろいろな塩で塩煮を楽しんでみてほしい。
(一般社団法人日本ソルトコーディネーター協会代表理事 青山志穂)
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