脳が溶けガラス化 古代ローマ噴火の死因に2つの新説

日経ナショナル ジオグラフィック社

2020/2/15
ナショナルジオグラフィック日本版

西暦79年のベスビオ火山の噴火は、ポンペイやヘルクラネウムなど多くの都市を破壊した。写真は、この噴火による犠牲者の頭蓋内腔から取り出されたガラス質の破片(Courtesy of Pier Paolo Patrone, University of Naples Federico II)

西暦79年に起きたベスビオ火山噴火は、猛烈な火山灰と高温噴出物によって古代ローマ都市ヘルクラネウムを埋め尽くした。現在、この古代都市の発掘が始まって300年になるが、犠牲者の正確な死因はいまだにはっきりしていない。

建物の倒壊、空から降ってきた岩石、逃げる人々が将棋倒しになったほか、火山灰や火山ガスの吸入、突然の温度変化によるヒートショック、体の軟組織の蒸発などが死因として挙げられている。

今回、二つの研究により、物語はさらに複雑になった。

一つの研究は、石造りのボート小屋に隠れていた人々の死因について、火傷や軟組織の蒸発ではなく、石窯の中で蒸し焼きにされたような状況になって死亡したと結論づけている。もう一つの研究は、この街の別の地区で発見された1人の犠牲者について、高温で溶けた脳が再び固まってガラス質になっているのを発見した。まるで魔法だ。

不思議な遺体に関する今回の二つの仮説が将来の研究によって裏付けられたとしても、彼らの死因が確定するわけではない。彼らが死亡した際にこんなことが起きていたのかもしれない、と言えるだけだ。

長い歳月の間にはっきりした証拠がほとんど失われてしまっているため、「彼らの死に関する究極の真実を知ることはおそらく不可能でしょう」とポーランド、ワルシャワ大学の骨考古学者エルズビエタ・ヤスクルスカ氏は語る。

しかし、謎解きに挑む価値はある。「火山災害は過去のものではありません」と、米スミソニアン協会の全地球火山活動プログラムのジャニーン・クリップナー氏は言う。両氏とも、今回の研究には関わっていない。

同じような噴火を起こす火山は、世界にたくさん存在する。つまり、これからも歴史は繰り返すということだ。過去の噴火が人々を傷つけた仕組みが解明されれば、火山の被害に遭った人々の治療に役立つだろう。

高温で爆発?蒸発?

西暦79年の夏、ベスビオ火山から噴出した高温の火山灰と火山ガスは時速80キロの猛スピードで山肌を流れ下った。この現象は火砕流と呼ばれることが多いが、ヘルクラネウムを襲ったような火山ガスの比率が高いものは火砕サージと呼ばれている。

以前は、噴火に巻き込まれて命を落とした人々の多くの死因は、火山灰や有毒ガスによる窒息死だと考えられていた。しかし、フェデリコ二世ナポリ大学病院の古生物学者ピエル・パオロ・ペトローネ氏らは、この20年間の研究から、火砕サージの高温により内臓が突然機能を停止する「ヒートショック」で死亡した人が多かったと主張している。

2018年、ペトローネ氏らは、ヘルクラネウムの犠牲者の骨にはひびが入っていることが多く、鉄分を多く含む化合物がこびりついていると報告した。この物質は、軟組織(筋肉、腱、神経、脂肪など)が蒸発する際に赤血球が破壊してできたものだという。また、脳内の液体が沸騰して頭蓋内の圧力が高まり、頭骨を爆発させたとも主張する。一方で、こうした主張に疑問を投げかけ、遺体を火葬するときにはもっと高温で焼いているが、蒸発することはないとする専門家もいた。

論争の決着はついていないが、ペトローネ氏らは2020年1月23日付けで医学誌『New England Journal of Medicine』に新たな論文を発表した。これにより論争は、決着がつくどころかさらに激しくなりそうだ。

ガラス化した組織

考古学的な資料の中に脳組織を発見することはきわめてまれだ。発見されたとしても保存状態は悪く、グリセリンや脂肪酸などの化合物が混ざった石鹸のようなものになっている。ペトローネ氏は今回、ローマ皇帝アウグストゥスをまつる建築物「コレギウム・アウグスタリウム」で1960年代に発見された1人の犠牲者を詳しく調べることにした。

この人物のひび割れた頭骨の中からはガラス質の物質が見つかった。ベスビオ火山の噴火自体でガラス質の物質は生じないため、これは意外な発見だった。頭骨の中のガラス質には、脳組織によく見られるタンパク質と脂肪酸のほか、人間の頭皮から分泌される油の中の脂肪酸も含まれていた。こうした物質を作り出すような植物や動物は、近くには見当たらなかった。

ペトローネ氏は、ガラス質の破片は犠牲者の脳の残骸と考えられ、古代か現代かを問わず、このような物質が発見されたのは初めてだと言う。

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