アートは理屈を超えて鑑賞者それぞれの「個的体験」を引き出します。アート作品にどのように反応するかは、世代や自分が属する文化的背景を含め、個の身体や経験によっても異なります。反応が一律でないためにソリューションにはなりづらいのですが、だからこそ個の深いところに根ざした強いエネルギーを生みます。

このように「アート」は「ロジック」や「デザイン」とは異なるアプローチで、既成概念を超える新しい価値を生み出します。そしてそのような思考法は、イノベーションを目指すスタートアップや新規事業と近いものがあり、学びがあります。

しかし、いまのところアートとスタートアップは別々の「ムラ」になっています。アートの世界に身を置いている人がスタートアップのコミュニティーに顔を出すことは少ないですし、スタートアップに関わっている人がアートに触れる機会自体あまり多くはありません。

広がるイノベーションの可能性

CGなどを使いあたかも現実のような感覚をもたらす仮想現実(VR)や、現実の風景にCGなどを重ね合わせて表示する拡張現実(AR)のような新技術が生まれると、それを使った新しいアートもビジネスも生まれます。アートとビジネスは新しい技術の可能性をそれぞれ追求しており、そのアプローチは異なりますが、どちらも新しい価値をつくろうとしているわけです。ですからお互いに刺激になることがあるはずなのに、両者が語り合うことは少ないのが実情です。

双方のコミュニティーに身を置いている私は、アートとスタートアップが相互に刺激し合うことが増えれば、社会全体としてイノベーションの可能性が広がるはずだと考えます。ビジネスにこれまでなかった発想が生まれ、また逆にアートにとっても新たな刺激となるはずです。

私が過去に関わったプロジェクトでは、新商品の企画に、ビジネスの企画とはあまり関係することのない演劇家と協働したり、企業の研修にアーティストに加わってもらったりしました。そうすると、ビジネスパーソンが普段使っている「ビジネス脳」とは全く違う体感から考えるような発想が出てきたりして、とても面白いことが起こります。

アート思考をテーマにするワークショップも増えている(2019年10月、東京・渋谷)

実は「アート思考」のメソッドはまだ確立されていません。アート制作を行うワークショッププログラムもあれば、アートを鑑賞しながら議論するケースもあります。いずれにせよ、ビジネスパーソンがもっとアートに触れ、アーティストと語り合う機会がもっと増えるべきだと思います。両者が集まるコミュニティーがつくられたり、ビジネスの現場にアーティストが入って協働したり、あるいはその逆というやり方もあるかもしれません。

アートは「問い」であり「毒」でもあるので、それがそのまま「ビジネス的な解決になる」という期待は過大であるばかりか、そもそも間違っていると思います。また「ビジネスパーソンもアート作品をつくれるようになるべきだ」とか「ビジネスイノベーターはアーティストだ」と一緒くたにしてしまうのも違います。アートは「イケてる事業アイデア」や解決策を直接、提供してくれるわけではありませんが「触発」という形でそれに触れる人の価値観に変化をもたらします。

世の中をもっと面白くするために

アートがビジネスと出会えば世の中はもっと面白くなる。私はそう考え、アーティストと研究者、起業家やビジネスパーソン、投資家といった人たちが、それぞれの領域を超えて横断的に出会うための場を色々と仕掛けてきました。

最近では、電通が「アート・イン・ビジネス」という事業を発表したり、東京大学がNTTデータと「アート思考によるイノベーション創出手法に関する研究プロジェクト」を開始したり、「アートとビジネスを混ぜよう」という取り組みも増えてきました。アート思考をうたうセミナーやワークショップなども増えています。しかしこうして注目度が高まっている今だからこそ、ビジネスがアートを消費することがないよう、丁寧に進めていくことが重要です。

前述したように、アートは答えを直接もたらしてはくれません。短期的な取り組みではなく、社会がアート思考を取り入れていくにはどうすべきなのか、この連載で書いていきたいと思います。

(2)データだけでは計れない 挫折が教えた「アート思考」>>

若宮和男
1998年、大学の建築学科を卒業、建築士として建築設計事務所に就職。2002年、東京大学に学士編入してアートを研究。NTTドコモやディー・エヌ・エー(DeNA)で新規事業の立ち上げを手がける。17年ユニックを創業。著書に「ハウ・トゥ アート・シンキング」(実業之日本社)

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