ビジネスにおいても、正解がなく、合理的な解決策だけでは対応できない時代になっています。「破壊的イノベーション」という言葉が使われますが、特にスタートアップや、何もないところ(ゼロ)から何か(イチ)を生み出す「0→1(ゼロイチ)」型の新規事業はときに「ディスラプション(創造的破壊)」、つまり既成概念や既存のビジネスを破壊してしまうほどの非連続な変化を生みます。

アート思考が求められる背景には、このような時代の変化もあるのです。

アートは「課題解決」ではない

アート思考とロジカル思考やデザイン思考との最大の違いは、それが「誰かのための課題解決ではない」ということです。

私は新規事業ビジネスを長く手掛ける中で、「課題解決」の限界も実感してきました。全く新しいものを生みだす場合、常識に反したことを実行するので、ものすごいエネルギーが必要です。大企業で新規事業立ち上げを担当していたときには、ニーズや社会課題を起点として、事業アイデアを検討していました。しかし、そうやって生まれたアイデアは「誰かの役に立ちそうだが、どうしても自分が実現したいかというと、そうでもない」ものになりがちです。企業の新規事業では、事業やサービスをつくっていながら「自分ではそのサービスを使いたくない」という、笑い話のようなことが実は結構あるのです。

しかし、自分が本当に熱狂できないのに、社会を変えることなどできるでしょうか。起業して、自分で事業をつくるようになってさらに実感していますが、イノベーションには「誰かのための解決」だけでなく「自分起点」のエネルギーが必要なのです。

私はよく、それぞれの思考法をプレゼントに喩(たと)えます。あなたが好きな人にプレゼントをするとき、相手の世代に人気な商品を検索して情報収集する。これが「ロジカル思考」です。一方、「デザイン思考」は、データや統計によらず、相手を観察して欲しがりそうなものをあげるようなもの。これらに対し、相手のニーズではなく、自分が本当に好きなものをプレゼントするのがアート思考的なアプローチです。相手が必ず喜んでくれるかはわかりませんが、気持ちが伝われば、相手にとって新しい驚きと発見につながります。アート思考とはまず「自分起点」のエネルギーを大事にするのです。

自身がアーティストで、アートやカルチャーに関わるライブ配信スタジオ、DOMMUNE(ドミューン、東京・渋谷)の代表でもある宇川直宏さんは「アートは『問い』で、デザインは『答え』。アーティストは『患者』で、デザイナーは『医師』。アートは『毒』で、デザインは『薬』」といいます。ロジックやデザインが、課題を解決する「ソリューション」であるのに対し、アートは正解を目指しません。既存の価値観を揺るがし、それを転覆しようとする点で、それは「答え」というよりは、「問い」そのもののようですらあります。

そしてこのことは、思考方法の目指すところが「一」なのか「多」なのか、その方向の違いにもつながります。

ロジックは誰もが共通した「1つ」の答えにたどり着くことを目指します。論理的に考えればみんなが同じ答えにたどり着く。多くの人にブレのない共通の認識をもたらすため、特に工業化、マス化の段階における効率化には非常に強い力を発揮します。一方で皆が同じ答えにたどり着くということは、「ユニークな価値」が生まれにくいということを意味します。

デザインは論理ではなく感覚的に課題解決をめざします。論理では解けない課題を解決したり、より直感的、直截(ちょくせつ)的にユーザー体験に介入したりできます。しかし根本的にはデザインもまた、多くのものを一つに収れんさせていく志向性を持ちます。

例えば、ドアのノブは、それを初めて見た人でもつかんでひねりたくなるデザインが求められます。誰をも直感的、感覚的に同じ行動に誘導することが、デザインの目指すことなのです。

アートは「一」から「多」に広がる

これに対し、アートは「一つ」から「多く」への広がりを持ちます。作品の意味に正解はなく、鑑賞者それぞれの経験や感情を引き出し、それぞれの心に他の人とは異なる葛藤を生み、新たな意味を生み出すのです。このような多義性がアートの特徴であり、ロジックやデザインとの大きな違いです。

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