100年ブランド「カルピス」、周回遅れから再起の舞台裏アサヒ飲料 常務執行役員マーケティング本部長 大越洋二氏(下)

爆発的ヒットが会社を変えた

もう1つの問題は技術にあった。原液を水で薄めてかき混ぜ、そのまま置くと、たんぱく質成分が下に沈殿してしまう。それを防ぐための技術開発が難しかった。

技術のメドが立ち、「これ以上、周回遅れになるのはまずい」という危機感も社内で膨らんだ結果、「カルピスウォーター」の発売へとこぎ着けたのは91年のこと。この時のキャッチコピーは「遅くなってごめん」。満を持して発売した「カルピスウォーター」は、またたく間にヒット商品となった。

爆発的なヒットは会社全体を盛り上げたと、当時を振り返る

「カルピスウォーター」を発売したころ、新潟県内で営業をしていた大越氏は当時のことをこう振り返る。

「朝、10トントラックで『カルピスウォーター』が倉庫に運ばれ、それを得意先ごとに仕分けていく。当時は得意先に毎日、『今日はこれだけしか送れません』と謝りの電話を入れるのが仕事でした」

入社以来、それまで担当する商品が大ヒットしたことがなかった大越氏にとって、それは衝撃的な出来事でもあったという。

「こんなにモノがヒットすることがあるんだな、と思いました。コンビニエンスストアの売り場を見ても、一段どころか二段すべて『カルピスウォーター』が占めていることもあったほど。それでも売り切れ、品切れが相次いでいたのです」

それもそのはずだ。「カルピスウォーター」は当初の売り上げを年間400万ケースと見込んでいたが、実際の年間販売数量はその5倍の約2000万ケースにも上っていた。

「営業として得意先に断りの電話を入れるのは切なかったですけれど、それ以上にうれしかったですね。会社も活気づきました。メーカーですから、売れ筋商品を持つのが一番の自信につながります。希釈用の『カルピス』はもともとそういう位置付けでしたが、停滞感があったところに2本目の柱ができた。これは大きな自信につながりました」

「カルピスウォーター」の爆発的ヒットにより、売上高500億円規模の会社が一気に倍の1000億円規模へと成長した。ありそうでなかった商品といえる「カルピスウォーター」の発売は、会社が大きく様変わりするほどのインパクトを与えたのだ。

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