こちらが「ラックスハム」。コンビニや一般的なスーパーではこちらが主流=PIXTA

こうした普及活動が必要なのは日本では2つの生ハムが混同されているという事情があるだろう。日本で一般的に「生ハム」といわれているものには2種類ある。1つはこれまで紹介してきた長期熟成の生ハム。そして、もう1つは「ラックスハム」と呼ばれるものである。

「ドイツ風の『ラックス・シンケン』というハムの製法に由来するとされ、ロース肉・肩肉またはモモ肉などを整形したものを原料とし、食塩・発色剤・香辛料・砂糖・アミノ酸液、薫製エキスなどの調味料液に浸し、ケーシング(ソーセージや塩漬け肉などを包む薄い膜)などで包装し、低温で薫製するか、または薫製しないで乾燥させて作ります。熟成をさせないので、1~2週間ほどで製造でき、大量生産が可能です」(野崎さん)

我々がスーパーやコンビニで見かけるパック入りの生ハムのほとんどがこの「ラックスハム」だ。食肉加工品は日本の食品衛生法では加熱か否か、乾燥度合いなどによって4つの区分に分けられる。長期熟成生ハムもラックスハムも同じ「非加熱食肉製品」に当たる。「非加熱」であることからともに「生ハム」と呼ばれているが、両者はこのように材料も製法も違う。最大の違いは「熟成」の工程の有無だが、食品衛生法の区分のしかたでは熟成期間を問わないので、同じ仲間にされてしまっている。

私もレストランで食べるものとスーパーで買うものでは味も形も食感もかなり違うなぁとは思っていたものの、ワインでいうところの「熟成されたワインと新酒の違い」みたいなものかなぁと思っていた。が、長期熟成生ハムは使う調味料は塩のみ、塩も漬け込まないで直接すり込む、ケーシングもしないと、ラックスハムとはまるで「別物」だったのだ。

同じ長期熟成生ハムでも輸入ものと国産の違いも気になるところだ。

「日本では食肉加工の文化が浅い分、伝統製法や固定観念に縛られず、いろいろなことに挑戦できます。試行錯誤を繰り返した結果、本場・スペインやイタリアにはないような生ハムが生まれてきています。日本酒のこうじ菌やしょうゆのこうじ菌を使用して発酵を促すというのもその一例です。また、こうじ菌などを使用していないのにみその風味がしたり、チーズっぽい味がしたり、多種多様です。ですから、ワインはもちろんですが、日本酒や焼酎との相性が非常によく、お試しいただくと皆さん驚かれますよ」(野崎さん)

私が仕込んだ生ハムも日本酒の種こうじが使われているので、完成した暁にはぜひ地酒と合わせてみたいものだ。それにしてもなぜ長期熟成生ハムはこんなにうまいのか。野崎さんは「熟成工程で肉本来が持っている酵素でタンパク質を分解し、『グルタミン酸』などのアミノ酸へと変化します。長期間熟成させた生ハムをカットしたときに現れる白い斑点は『チロシン』といい、うま味成分であるアミノ酸の結晶です」と説明する。

ほかにも、微生物の発酵作用を利用して分解を促し香味をつけるから、など諸説あるそう。「長期熟成生ハムがカビなどの微生物の力による発酵食品であるか否かは、生ハム生産者や微生物学者の中でも議論が分かれるところです。学術的にもまだ解明されていないこともあり、『時間』という神秘の力であの長期熟成生ハムのおいしさができあがっているのだと思います。メカニズムが分からないからこそ生ハム作りに情熱を燃やす国産生ハム生産者は皆さん熱いです」(野崎さん)

その地域ごとに風土の特徴を生かした個性豊かな味が生まれるので、町おこしや地域再生に利用されているのも国産生ハムのユニークな点だ。地域の名産としてふるさと納税の返礼品に使われているところも多いので、応援したい自治体に寄付してみるのもいいかもしれない。

(ライター 辻佳苗)

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