肉をもんで血管から血を押し出す作業。気温摂氏5度以下の環境でやらねばならず、手が冷たい

「基本的には『ハモン・セラーノ』の伝統的製法に準じていますが、種こうじをまぶすことによりこうじ菌の作用で豚肉のうま味成分をしっかり引き出すのが特徴です」と藤原さん。ハモン・セラーノはスペインの生ハムのこと。イタリアの「プロシュート・デ・パルマ」と中国の「金華ハム」と並び、世界3大生ハムと呼ばれている。種こうじは清酒や味噌、しょうゆなどを作るときに使われる、蒸したコメなどの上にコウジカビを繁殖させたもの。この種こうじを使っている点がこちらの工房のオリジナルである。

「酒蔵の杜氏(とうじ)と蔵人(くらびと)たちと食事をする機会があり、その時に生ハムの作り方を聞かれたのがキッカケです。当時行っていたのは空気中にいる浮遊菌によって発酵を促す方法でした。それをお話しすると、それだといい菌もいれば悪い菌もいるので、安定的に安全に作れないかもしれないとアドバイスを受けました。それで、酒の仕込みを終えた後の残った種こうじをいただき、肉の表面に植えつけてみたところ、それまで以上においしい生ハムができたのです」

「メゾン・ドュ・ジャンボン・ド・ヒメキ」にて。はりからつるされて常温で熟成される生ハム

ワークショップでは上記の工程の1の部分だけを体験する。レクチャーと工程の一部をかじっただけだが、興味深い発見ばかりだった。例えば、肉と塩という非常に単純な材料だけで作られていること。肉の加工品というと保存性を高めるために添加物がたくさん入っているイメージがあったが、保存料は一切使っていないものだと分かった。

また、仕込んだ後は温度・湿度管理はするが、ひたすら置いておくだけということ。何もせず、「時間」の力でおいしくなっているのも興味深い。こうやって考えるとワインにとても似ている。ワインもブドウというシンプルな素材だけで、ブドウの表面についた野生酵母や培養菌の力を借りて発酵させる。あとはおいしくなるのを待つだけという点も同じだ。

藤原さんによれば、このような小さな生ハム工房が全国にもいくつかでき始めているとのこと。ほとんどの工房が飼料や肥育環境にもこだわった地元の豚肉を使用しているという。この点も小規模経営のマイクロワイナリーがその土地で取れたブドウを使い、大手のワイン工場にはない個性的な味を出しているのと似ている。

こうした流れを受けて「国産生ハム普及協会」なる生産者団体も設立されている。「当協会は『国産生ハム』を、原材料は日本で丁寧に育てられた国産豚と精製しない塩のみ、添加物は一切加えずに12カ月以上長期熟成させたものと定義し、それを普及させるべく2012年4月に発足しました」と会長の野崎美江さん。同協会では17年から「国産生ハムフェスティバル」を開催。来場者数は年々増え続け、昨年7月に長野県軽井沢町で行われた第3回は、入場者数は約900人を記録した。