日経ナショナル ジオグラフィック社

2020/2/12
レモンの木。ブーゲンビリアと同じように、ストロンボリの火山性土壌に適している(PHOTOGRAPH BY ANDREA FRAZZETTA, NATIONAL GEOGRAPHIC)

島の北端にはサン・ビチェンソ、サン・バルトロ、ピシタという3つの村があり、島民のほとんどが暮らしている。なお、1930年の大噴火では6人が犠牲になったこともあり、かつて5000人を数えた人口は、今では10分の1の500人以下まで減っている。

ファッシ氏と私は、夕方、狭い道を早足でこの3つの村を通り過ぎた。辺りが暗くなる前に、シャーラ・デル・フオコを迂回するルートにたどり着くことが目標だったのだ。プンタ・ラブロンゾに到着すると、噴火の様子が見えるようになった。私はヘッドランプを装着し、島の伝説的なガイド、マリオ・(ザザ・)ザイア氏に会うため山を登った。ザイア氏は、火山の歴史にも詳しい。

ストロンボリの火山は常に活動している。比較的安全に間近で噴火を見られる数少ない火山の一つだ(PHOTOGRAPH BY ANDREA FRAZZETTA, NATIONAL GEOGRAPHIC)

登山道はジグザグで、1951年に火山岩で舗装された。ロベルト・ロッセリーニ監督、イングリッド・バーグマン主演の映画「ストロンボリ/神の土地」が、この地で撮影され、公開された翌年のことだ。登っている間、ほぼ15分ごとに噴火し、雷のようなごう音とともに、真っ赤なマグマが吐き出す。見知らぬ世界にまさに一人きり。私は驚くほど穏やかな気持ちだった。

1時間30分かけて、展望台に到着。ごう音と炎を楽しむ約10人の火山ファンに合流した。そこで、犬を連れ、顎ひげを生やし、2本のつえを持った、早足で歩く人物を見つけた。私は「ザザさん!」と声を掛ける。こうして、あとは皆で山を下りた。

黒い砂が特徴的なストロンボリのビーチで日光浴する2人(PHOTOGRAPH BY ANDREA FRAZZETTA, NATIONAL GEOGRAPHIC)

「私たちは爆弾の上に暮らしています」とマリオ・ザザ・ザイア氏は口を開いた。

「怖くないのですか?」と尋ねると、むしろ果てしない畏敬の念を抱いていると、ザイア氏は答えた。ティレニア海の底に成層火山を形成し、噴火のたび、円すい台形の山を積み上げてきた永続的な力に対する畏敬なのだろう。

安全な状況では、ザイア氏はツアーガイドとして、一日2度、登頂することがある。でも、疲れることも飽きることもないとザイア氏は話す。大きな危険を伴うストロンボリ登山だが、ザイア氏は登るたびに元気をもらっていると感じている。

ストロンボリの火山は15~20分ごとに噴火する。夜間の噴火は花火の爆発のよう。「地中海の灯台」とも呼ばれている(PHOTOGRAPH BY ANDREA FRAZZETTA, NATIONAL GEOGRAPHIC)

ストロンボリの住人たちは未来の世代のため、島での暮らしを持続可能にすることに力を注いでいる。ビンチェンソ・クゾリト氏は4年前、マルバジーア種のブドウを栽培し始めた。18世紀、ストロンボリの住人たちは段々畑のような火山の斜面でブドウを育てていたが、1880年、フィロキセラという害虫が大流行し、ブドウ栽培の文化は途絶えてしまった。

こうしたこともあって、その後、生活の手段を海に求めるようになったり、オーストラリアなど別の土地へと移り住んでいった。だが、3人の息子とアグリツーリズム事業を営むクゾリト氏は、2020年9月、ワインの試飲会と収穫祭を計画中だ。クゾリト氏は、ほかにも協同組合アティーバ・ストロンボリのメンバーとして、一度は諦められたオリーブの木をもう一度、島で復活させようとするプロジェクトにも取り組んでいる。