Men's Fashion

ピカソが愛したバスクシャツ 「生涯青春」貫いた象徴

ダンディズム おくのほそ道

服飾評論家 出石尚三

2020.2.10

ロイター

19世紀の英国からフランスへと広がったダンディズムとは、表面的なおしゃれとは異なる、洗練された身だしなみや教養、生活様式へのこだわりを表します。服飾評論家、出石尚三氏が、著名人の奥深いダンディズムについて考察します。




歳を重ねただけで/人は老いない/夢を失ったとき/はじめて老いる

日本でもよく知られた、サムエル・ウルマンの著名な詩「青春とは」(自由訳・新井満)の一節です。こんなくだりもあります。

臆病な二十歳がいる/既にして 老人/勇気ある六十歳がいる/青春のまっただなか

溌剌(はつらつ)として見えるか否かは何の差で決まるのでしょうか。心の中に情熱が詰まっている男と、詰まっていない男との差でありましょう。まことに耳の痛い名言であります。

80歳で結婚したピカソ、晩年まで「青春真っただ中」

「画家に年齢なし」を貫いたのがパブロ・ピカソであります。ピカソはスペインのマラガに生まれ、世を去ったのは1973年4月8日。92歳でした。そしてピカソは晩年まで作陶とその絵付けに没頭したのです。

晩年のピカソが偏愛したものに、フレンチカジュアルでおなじみのカットソー、「バスクシャツ」があります。バスクシャツとは一般的にはボートネックで七分袖のコットンジャージーのこと。ボートネックは船底のように鎖骨に沿って横に開いた襟元をいいます。厚いコットン地でできたバスクシャツはTシャツとスエットシャツの中間といっていいでしょう。たたずまいは海辺にぴったりです。

AP

無地のバスクシャツを着て。七分丈とボートネックはアトリエスタイルの定番だ=AP 

61年にピカソはジャクリーヌ・ロックと結婚しました。ピカソは80歳、ジャクリーヌは33歳でありました。2人は地中海に近い山あいの陶芸の街、南仏のヴァロリスで出会い、ピカソがひとめぼれしてプロポーズ。まさにこの時のピカソは、「青春真っただ中」だったのです。

ピカソはアトリエで絵を描く時、バスクシャツを着ることが多かったようです。青いボーダー柄が定番ですが、無地のバスクシャツも好んでいました。バスクシャツは実によくできており、袖まくりの必要がありません。コットンジャージーですから身体を締め付けることなく、動きやすいのも絵を描くには都合がいいところです。