話を聞いたり、関連書籍を読んだりしていると、「人身取引」だとか「奴隷的状況」だとか、ひどい話ばかりが出てきて、本当に大変なことになっていると分かる。それが日本で行われていることに対して、失望させられる。
それはとても大切なことで、ぼくも鈴木さんから聞いた話を、主に「ひどいことが起きているので背景から理解しよう」とばかりに書いた。文字で伝える中で、鈴木さんの明朗で前向きな語調はかなりのところ失われたと思う。
しかし、今、鈴木さんが指摘したのは、そのような構造の中にはめ込まれながらも、やはりそこにいるのは、まずは「人間」だということだ。
「正義論で語る以前に、まず、おもしろいんですよ。確かに、困ることはたくさんありましたけど、それは別に日本人同士だって、嫌な人とか、困ったこととか、トラブルはあるわけだから。多分、ジャパゆきさんの問題とかでもそうですけど、どこを見るかによって、可哀想と見えることと、したたかだって見えるのと、両方なんです。1人の人に、多分、いろいろな側面があって、それが見えてくるんです。追いつめられて従属的に生きざるを得ない部分もあるけども、そのなかで主体的に人生を選択し、しなやかに強く生き抜いているって、それは、私にとってとても興味深く、魅力的なことだったんです」
すごく困っていたり、それをしたたかに切り抜けたり、そして愉快だったり! それらは別に排他的なわけではなくて、同じ人の中に、同じ状況の中に共存しうる。まさにそうだ。
「勉強して移民や外国人について学んでいくと、どうしても距離があるかもしれないけども、出会って話して、一緒に食べたり飲んだりすれば楽しいです。いろんな面を見ることができて。それは本当にある面で、翻って自分自身を見つめて、日本人である、日本で生まれ育って今ここにいる私が、今生きていることをもう一回問い直すことができる。いろいろなことが当たり前のようにできている、この私っていうのは何なのかと思ったりもしますね」
ここまで話をして、ぼくは自分自身がこれまでの間、よく理解していなかったことが、大づかみに言って、2つの方面に分かれていると気づいた。
ぼくが冒頭で触れたコンビニで出会う深夜シフトの留学生たちを例にとってみよう。
2つの方面のうちのひとつは、「日本ではすでにたくさんの外国人が、多くの場合、低賃金で日々働いている」ということだ。
「接客を通じて出会えた彼ら彼女らはそこで出会えたわけですけど、他に『出会ってない彼ら彼女ら』もいるんです。たとえば、コンビニの場合で言っても、工場で弁当を作っている人とか、それを運んできてくれた人であるとか」
外国からきた人が日本のぼくたちの生活を支えているのは別に今に始まった話ではない。日本語を駆使した接客の場にはなかなか進出しにくかっただけで、ずっと前から人目につかない職場には外国からの労働者がいた。今、目につくようになったから「増えた」というのではないのである。この件については、今回、多くの紙幅を費やして、説明できたと思う。
そして、もうひとつぼくが見逃していたことというのは──
「労働者ではない側面です。彼ら彼女らがコンビニに来る前や、終えた後、どうやって帰るのかとか、何食べてるのか何が楽しいのかなって、そういうことに思いを馳せると、もう少し同じ人間として身近に見えてくると思うんですけど」
縁あって同じ時代、同じ土地に暮らしているぼくたちは、接点がコンビニだけだったとしても、それぞれ、生活の中で笑ったり泣いたり、喜んだり悲しんだりする存在だ。すごく当たり前のことだ。
そして、当たり前のことを認識することの先に、数十年後、数百年後の「ぼくたち」の形もくっきりと浮かび上がってくるだろうと、鈴木さんと話していて確信を抱いた。
=文 川端裕人、写真 内海裕之
(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2019年8月に公開された記事を転載)
1965年、愛知県生まれ。国士舘大学文学部教授。博士(社会学)。NPO法人移住者と連帯するネットワーク(移住連)副代表理事。2008年、一橋大学大学院社会科学研究科社会学博士課程修了後、国士舘大学文学部准教授などを経て2015年より現職。『日本で働く非正規滞在者』(明石書店)で平成21年度沖永賞を受賞したほか、『外国人労働者受け入れを問う』(岩波ブックレット)、『移民受入の国際社会学 選別メカニズムの比較分析』(名古屋大学出版会)、『移民政策のフロンティア 日本の歩みと課題を問い直す』(明石書店)、『移民・外国人と日本社会』(原書房)など共編著書も多数ある。
1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、『青い海の宇宙港 春夏篇』『青い海の宇宙港 秋冬篇』(ハヤカワ文庫JA)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその“サイドB”としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた近著『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。近著は、ブラインドサッカーを舞台にした「もう一つの銀河のワールドカップ」である『風に乗って、跳べ 太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。