セクハラ・介護… 「移民」も直面する日本の社会問題国士舘大学 社会学 鈴木江理子(4)

「不法滞在者」と表現すると、「不法」つまり法をおかした人であり、とてつもなく悪い人のような印象を受けるが、実際には、そうならざるを得ない様々な原因がある。例えば、今なら、過酷な職場で、監理団体も味方になってくれないような場合、技能実習生が脱出(失踪)することがある。このストーリーの中で技能実習生は、搾取された被害者だが、しかし、入管法的には、決められた就労を放棄したのだから、不法滞在者ということになる。日本の制度では、自分ではなく受け入れ側に問題があっても、簡単に本人が「不法」になってしまう。

更に最近、当局が問題にしているのは「偽装滞在者」だ。偽造した卒業証明書や虚偽の雇用証明書などを使って不正に在留資格を得た人や、在留資格に定める活動をしていない人のことで、入管は取り締まりを強化する方針だそうだ。

「本来、研修・技能実習制度って『前職規定』っていうのがあって、母国において同じ仕事をしていて、その仕事を日本でより高めていくという建前です。だから、前職についての証明書が必要なんです。でも、例えば、私が聞き取ったある建設会社の現場では、みんな母国では別のことをやっていて、本人たちが知らないまま勝手に履歴が書き換えられてるんですよ。それって本人の責任ではないですよねって法務省担当者に尋ねたんですが、『本人が知らなくても、偽って入ったのだから、発覚すれば退去になります』って答えなんです」

この偽装の問題は、日本に在留するほぼすべての外国人がそれぞれの在留資格に応じて問題にされうるものなので、日本の入国管理は、自由に資格を剥奪できる使い勝手のよい理由をまた一つに手にした感があるという。

なお、はっきりしたものにせよ「偽装」にせよ、入国管理局は入管難民法に基づいて「不法滞在者」を収容施設に収容することができるし、制度上、無期限の収容が可能な仕組みになっている。理由は「不法」であることだが、はたして本当に法に触れているのかを問う裁判は行われず、また、入管の審査内容も公開されない。これだけでも非常に危険な仕組みだ。例えば、日本人との結婚を偽装と疑われ、1年、2年と長期収容されるといったことが実際に起きている。本来このように一段落で済ませられる話ではないものの、付記せざるを得ない。

さらに、「外国につながる子ども・若者」の問題。

もうお気づきと思うが、移住連が掲げるプロジェクトは、それぞれ排他的に領域が決まっているわけではなく、互いに密接に連関している。

例えば、これまでにも話題に出た「女性の技能実習生が妊娠した場合」を考えてみると、最初は「女性の問題」に見えていたところから、様々な問題が顔をだす。

移住連が編集を手がけた『外国人の医療・福祉・社会保障 相談ハンドブック』(明石書店)。発売後すぐに増刷したのは、外国人に関するこうした問題がそれだけ広がっているからだろう。

そもそも、在留資格が受け入れる企業を前提として与えられている場合、セクハラや低賃金にも我慢を強いられることが多いわけだし、そんな状況下で妊娠したら、中絶するか、帰国するかの二択であり、「失踪」して子を産めば、非正規滞在になってしまう。それでも、産む選択をしたら、まずは、医療問題や社会保障の問題が浮上し、さらにその後、子どもや若者の問題へとつながっていく……。

「当たり前ですけど、子どもって生まれたときから自分がオーバーステイだって知ってるわけではないんですよ。でも、小さい頃から、夜、自転車に乗るときには必ずライトをつけてねとか、すごく厳しく親から言われて、何でここまで言われるんだろうって思ってたら、実はオーバーステイだからと知らされたりするんです。そうすると、普通の子どもならば怒られたり注意されるだけで済むことでも、自分はそれでは済まないと分かってきて、すごく気をつけて毎日の生活を送るようになります。生まれた時から日本で育って日本語で暮らしているのに、言葉が通じない、知らない国に送還されたらどうしよう、って不安のなかで生活している子どももいます」

その一方で、在留資格はあるけれど、あるいは、日本国籍はあるけれど、「日本語指導が必要な児童生徒」(文科省調査)は年々増えている。また、前にも触れたように、国籍取得とともに「ルーツを消される」という問題も別の極にある。結局、「移民政策はとらない」「厳しい外国人政策で管理、排除すればいい」という発想のしわ寄せが、まるまる子どもたちに行っているように見える。

=文 川端裕人、写真 内海裕之

(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2019年8月に公開された記事を転載)

鈴木江理子(すずき えりこ)
1965年、愛知県生まれ。国士舘大学文学部教授。博士(社会学)。NPO法人移住者と連帯するネットワーク(移住連)副代表理事。2008年、一橋大学大学院社会科学研究科社会学博士課程修了後、国士舘大学文学部准教授などを経て2015年より現職。『日本で働く非正規滞在者』(明石書店)で平成21年度沖永賞を受賞したほか、『外国人労働者受け入れを問う』(岩波ブックレット)、『移民受入の国際社会学 選別メカニズムの比較分析』(名古屋大学出版会)、『移民政策のフロンティア 日本の歩みと課題を問い直す』(明石書店)、『移民・外国人と日本社会』(原書房)など共編著書も多数ある。
川端裕人(かわばた ひろと)
1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、『青い海の宇宙港 春夏篇』『青い海の宇宙港 秋冬篇』(ハヤカワ文庫JA)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその“サイドB”としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた近著『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。近著は、ブラインドサッカーを舞台にした「もう一つの銀河のワールドカップ」である『風に乗って、跳べ 太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。

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