継続雇用か転職・起業か 定年後、長く働くための選択定年後の働き方とお金(上)

写真はイメージ=PIXTA
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ある休日の夜。筧家のダイニングテーブルでは幸子と恵がお茶を飲みながら談笑しています。そこへ大学の同窓会に出席していた良男が帰宅しました。テレビでは高齢者の雇用に関する番組が流れており、良男は食い入るように番組を見始めました。

筧(かけい)家の家族構成
筧幸子(48)良男の妻。ファイナンシャルプランナーの資格を持つ。
筧良男(52)機械メーカー勤務。家計や資産運用は基本的に妻任せ。
筧恵(25)娘。旅行会社に勤める社会人3年目。
筧満(15)息子。投資を勉強しながらジュニアNISAで運用中。

 お帰り。同窓会は楽しかった? ……って、パパ?

良男 あ、ああ。友人から刺激を受けたよ。パパもちゃんと将来のことを考えなくちゃ。

幸子 一体、何のこと?

良男 「定年後、どうするか」ってことが話題になったんだ。転職や起業を考えている友人もいて、今の会社に残ることだけが選択肢じゃないんだと改めて考えさせられたんだよ。

幸子 政府も高齢者が希望すれば70歳まで働き続けられる制度の整備を進めているからね。高齢者の雇用機会を確保する措置を、現行の65歳から70歳まで延長する努力義務を企業に課すことなどが柱よ。長く働くことを見据えて、定年後の働き方を考えることが必要ね。

良男 「人生100年時代」といわれているからね。長生きを視野に入れて働き方を考えないといけないし、公的年金の抑制も心配だ。

幸子 仕事を続けて年金を受給し始める時期を遅らせることができれば受給額を増やせるしね。厚生労働省によると、パートを含む60歳以上の労働者(31人以上規模企業)の数は年々増えていて、2019年に387万人と13年の272万人から4割増えているわ。このうち65~69歳は2倍弱、70歳以上は3倍強と急増しているの。

 定年後の働き方にはどんな選択肢があるの?

良男 働き続けるなら、主に継続雇用、転職、起業の3つだな。もちろん、働かずに引退するという選択肢もあるよ。

幸子 継続雇用には、定年後も退職の形をとらず継続して雇用する「勤務延長」と、いったん退職して再び雇う「再雇用」の制度があるわ。主流は再雇用よ。厚労省によると、19年5月末までの1年間に60歳で定年を迎えた人のうち、85%は継続雇用されているわ。ほとんどの人は定年後も同じ会社で働き続けているといえるわね。

良男 継続雇用は定年後も慣れた職場で働き続けられることがメリットの一つだね。

幸子 そうね。労働政策研究・研修機構の調査では、継続雇用者の定年後の仕事内容について、8割の企業が「定年前と同じ」と回答しているわ。

 お給料はどうなるの?

幸子 大きく減る場合が多いわ。シニアの人材派遣を手掛けるマイスター60(東京・港)が再雇用で働く500人を対象に調べたところ、定年後は4割の人が「5割以上、賃金が減った」と答えたの。3~4割減った人も同じく4割いるわ。

良男 思ったより減るんだな。しかし、同じ職場で続けて働けるだけでもありがたいと思うべきなのかもしれないね。

幸子 シニアの働き方に詳しい経済コラムニストの大江英樹さんは「定年後は権限や責任が曖昧になる場合が多く、給料も減って『想像していたより働きにくい』ということになりがちだ」と話していたわ。個人の考え方次第だけど、同じ職場でも難しい面はあるみたいね。

 転職はどう?

幸子 新たな環境で仕事をしたいと考えるなら選択肢になるわ。「若い人を育てる余裕がない中小企業のほうがシニアの需要が強い」(大江さん)らしく、定年前に中小企業に転職する人も少なくないそうよ。

良男 そういう働き方もあるのか。

幸子 派遣社員なども選択肢に含めると雇用の機会は増えそうね。マイスター60取締役の井口順二さんは「求人は多く、就業の機会を得やすい状況だ」と話していたわ。企業の人手不足が叫ばれているけど、シニアも例外ではないみたい。ただ、景気の動向次第では労働市場が不安定になることも考えられるの。一般に高齢になるほど仕事の幅は狭まっていくから、シニア向けの転職サイトなども利用しながら早めの準備を心掛けたいわ。

良男 起業はさすがにリスクが大きいよなあ……。あまり考えたことがないよ。

幸子 起業というと有名経営者を想像しておおげさに考えがちだけど、小規模でも可能なのよ。シニア向けの起業支援を手掛ける銀座セカンドライフ(東京・中央)社長の片桐実央さんは「借金をしないなど無理のない範囲で起業すれば、例え失敗しても生活への影響は限定できる」と話しているわ。あまりお金を掛けると家族に心配されるしね。前職での経験や人とのつながりを生かして、コンサルティングや売買仲介の会社を立ち上げる人が多いそうよ。

良男 確かにおおげさに考えていたかもしれない。仕事の内容や量も自分で決められるから、やりたいことがはっきりしている人は挑戦してみてもいいかもしれないな。

 起業を支援する公的な制度はあるの?

幸子 国や自治体が小規模な事業者を対象にした補助金などの制度を用意しているわ。起業セミナーなどを通じて情報収集する人が多いみたい。銀座セカンドライフ社長の片桐さんは「どの地域に事務所を構えるかによって自治体から受けられる支援制度に差が出るため、支援を受けたい場合は事前に調べておきたい」と助言しているわ。

■50代から学び直し、重要に
第一生命経済研究所主席研究員 的場康子さん
希望すれば70歳まで就業の機会が得られる制度の整備が進む中、定年後もいきいきと働くためには50代からの「学び直し」が重要さを増しています。「自分に何ができるか」という意識を持って学び直しをすることで定年後、今の仕事の延長だけでなく、別の分野で活躍の場を広げることにもつながります。
学び直しは大学に通うことが一例ですが、異業種交流会に参加するなどして人とのつながりを広げることも大切です。また、動画を通じて学習できるウェブサイトを利用すれば、比較的手軽に学び直しの機会を得られます。さらに、定年後の独立を見据えて副業を始めるのもよいでしょう。現状、学び直しに取り組む人はそれほど多くありませんが、現役時代に余暇をどう使うかで定年後の働き方に差が生じてきそうです。
(聞き手は川上純平)

[日本経済新聞夕刊2020年2月5日付]