仕事に厳しく人に優しく 顧客に学んだ働くということ日本IBM社長 山口明夫氏(下)

「当時『ふぞろいの林檎(りんご)たち』というテレビドラマがありました。大学を出たけれど社会で苦労して、もう一度人生を探すという内容でした。自分の姿を多少重ねて『苦労しそうだなあ。でも先生も推薦してくれたし、頑張ってみるか』と入社したというのが実情です」

――入社して実際にはどうでしたか。

「同期入社は1700人ほど。新人研修でみんなが格好良くプレゼンテーションするのを見て、『もうあかんわ。やっていけない』と思いました」

「最初の配属はコールセンターでした。システムもよく分からないまま、なんとか調べて回答していました。でも相手は、現場でシステムを扱う百戦錬磨のお客さまです。今考えても恥ずかしい限りです」

泊まり込みの仕事で触れた温かさ

「その後、保守部門に異動となり、大手金融機関を担当しました。お客さまもプロなので、正直怖かったです。当然、仕事には厳しかったのですが、私個人にはきちんと接してくれました。システム上の問題が起きたら厳しく怒られます。でも、個人は絶対責めないのです。『別に山口ちゃんがつくったプログラムでもないしね』といってくれるのです。泊まり込みで働いたときには、朝起きたら牛乳やおにぎりが置かれていたこともありました。『仕事って、こういう関係のなかでしていくものなんだな』と学びました」

――尊敬するリーダーはいますか。

「経営者では当社元会長の北城恪太郎さんです。社長就任のお祝いの席を設けていただいた際、手ずからのペーパーをいただきました。日本IBM社長、IBMアジア・パシフィック代表、経済同友会代表幹事の経験から学んだこと、会社が抱える課題などをまとめたものでした。『ここまでやってくださるのか』と驚きました」

「もう1人は当社の役員だった人です。私が米国から戻り、金融システム関連のプロジェクト担当になったときのことです。難しいプロジェクトで社内に反対する人も多い案件でした。経営も厳しく、私は大きいプロジェクトをやった経験もなかったことから『山口は会社を辞めるんじゃないか』という噂が立ちました」

思い立ったら旅行に出る。「年に何回か、温泉に行きます。金曜日の夕方、パッと羽田空港から飛行機で。それをやらないと、ストレスがたまるので」。温泉の近くの山を調べて、ハイキングをすることもある。「20歳代のころは北海道の大雪山や北アルプスの中岳、八方尾根、南アルプスの北岳などに登っていました。山小屋に泊まっていた時期もありましたが、子供が生まれて全てリセットしました」という。子供も社会人になったので「もう一回登りたい」と思っているうちに社長に就任して、「あれー、人生設計が違ってきたぞ」。会社の成長拡大など「趣味の前にやるべきことがたくさんあります」と語る

「実際のところ、辞めたいくらいつらかった。そんなときに、私を米国に送り込んでくれた役員から『たまには飯に行こう』と誘われました。ある駅で待ち合わせたら、そのまま家に連れていかれました。お酒を勧められても、仕事の話は全くなし。風呂にも入れてもらい、『今晩は泊まっていけ』となりました」

「翌日、2人で出社して本社ロビーでの別れ際のことです。『お前なあ、大変なのはわかるけど、いつまでも続くわけじゃないんだから。絶対に音を上げるなよ。見ている人は見てくれているから』といわれて、胸に染みました。その人も私にとって尊敬すべきリーダーです」

山口明夫
1964年和歌山県生まれ。87年大阪工業大工卒、日本IBM入社。システム開発・保守や社長室・経営企画、テクニカルセールス本部長、米国IBM役員補佐などを経て2009年執行役員、17年取締役専務執行役員、米国IBM本社経営執行委員、19年5月から現職。

(笠原昌人)

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