NZの醸造家 「オールブラックス」で日本酒を広める
世界で急増!日本酒LOVE(18)
昨年、日本中を沸かせたラグビーワールドカップでは、観戦のために世界各国から観光客が来日した。そんな中、ニュージーランドからやってきたのがSAKE(日本酒)の醸造家、デイビッド・ジョールさんたちだ。デイビッドさんはニュージーランドのチーム名「オールブラックス(all blacks)」にちなんで、漢字で「全黒(Zenkuro)」というSAKE(日本酒)ブランドを展開している。ニュージーランドの南端・クイーンズタウンで2015年から、酒造りに挑戦している。
「全黒」はニュージーランド初で、地元で醸される唯一のクラフトSAKEだ。杜氏(とうじ)であるデイビッドさんと奥さんの康子さん、地元在住の日本人やニュージーランド人など数人のパートナーで酒造りをしている。小規模な蔵元なので生産されるSAKEはニュージーランド国内でほとんど消費される。
日本では一部のオンライン酒ショップや、全国7店舗(東京:Zealander、大阪:はな酒バーなど)で提供され、貴重な存在となっている。英国にも輸出しており、19年秋からシンガポールにも輸出を始めた。
「全黒」が世界的にも注目を集めているのには理由がある。世界基準で審査する日本酒の品評会「ロンドン酒チャレンジ」の2016年純米部門で、「全黒 雫(しずく)絞り純米酒」が金賞を、「全黒 White Cloud にごり」が銀賞を獲得したからだ。
さらに18年には、純米吟醸部門で「全黒 雫絞り純米酒」が銀賞を受賞。19年は梅酒部門で「全黒 ぷらむ酒」が金賞、純米部門で「全黒 スリーピング・ジャイアント特別純米酒」が銀賞を受賞するなど、続々とアワードを獲得しているのだ。
「どこの国でも一番人気なのが『全黒 雫絞り純米酒』です」とデイビッドさん。雫(しずく)絞りとは、もろみを圧搾機で搾るのではなく、袋に入れて自然にしたたり落ちてくる雫だけを集める手法のこと。少量しか得られないので、非常に高価で売られる酒だ。例えば日本のオンライン酒ショップ(「佐野屋」)では、「全黒 雫絞り純米酒」750ミリリットルボトルが税込み8470円で売られている。
雫絞りの魅力はまろやかで優しいうま味と繊細な香味。「スッキリとしているので和食にも合います」とデイビッドさん。さらに「英語で説明する時に、ドリップ(雫)という言葉を使って説明するので、クラフトイメージを伝えやすいのも人気の秘訣でしょう」と続ける。
「全黒」では昔ながらの伝統的な搾り機「槽(ふね)」で搾った酒も生産しており、その方法を説明している。だが、日本以外の国の人々にはなかなか理解してもらいにくいという。「分かりやすさはとても大事」と実感する日々だ。
ワインの産地としても知られるセントラル・オタゴの近くで醸されているSAKE「全黒」はその特徴的な地域色(テロワール)も人気の要因だ。例えば、日本ではマヌカハニーという蜂蜜の名で知られているマヌカ。ニュージーランドの先住民マオリ族の万能薬として有名で、地元に多く生息している。その木を酒造りの櫂棒(かいぼう、もろみをかくはんする時に使う棒)に使っているのだ。
「マヌカの木からミネラル成分がにじみ出てきて、ニュージーランドらしい酒に仕上がっていると思います」とデイビッドさん。
水は地元のサザンアルプスから流れ出る軟水を使用。18年より日本から仕入れたフィルターを使って、水のPHを自由に調整できる還元水が作れるようになった。現在は仕込み水や割水など、用途に応じてPH調整してから使っている。それまでは全て20分沸かしてから使っていたので、水の準備だけでもひと苦労だったという。
酒米は精米歩合60%に磨いた富山産の五百万石を日本から輸入して使用している。ニュージーランドの南端部は年中涼しいこともあり、独自の製法で1年に20回も酒造りができる。地元ではソーヴィニヨンブラン(白ワイン)やピノ・ノワール(赤ワイン)なども生産されており、それらの樽(たる)に漬け込んだSAKEの開発にも今後挑戦していきたいと意気込む。
英国ロンドンでは「全黒 White Cloud にごり」も人気だ。現地の炉端焼きの和食店などで提供されている。基本的にはフュージョン料理なので、スパイスなどを使ったアジアンテイストの和食と一緒に堪能されている。にごり酒だが辛口なので飲み飽きず、脂ののった肉料理やスパイス料理などに合う。
「ニュージーランドでも炉端焼きのようなチャコール料理がよく食べられます。『全黒』のにごり酒とグリル料理はとても相性がいいんです。ニュージーランドは英国の植民地だった時期もあるので、ニュージーランド唯一のSAKEとして、英国の人々には興味を持ってもらいやすいです」とデイビッドさん。
ニュージーランド国内では北島のオークランドが最大のマーケット。ニュージーランドの人口の3分の1にあたる約150万人が暮らすオークランドには、「全黒」のファンが多い。
常に新しいことに果敢に挑戦しているデイビッドさんは19年7月から、無ろ過生原酒の製造にも着手した。ニュージーランドのトップ和食店の一つであるオークランドの「Masu Restaurant」専用に作ったもので、クラフトビールのようにステンレスの樽(たる)に入れてタップで提供している。
「生酒、生貯蔵、かん酒専用の酒……。もっと様々な種類の酒を造ってニュージーランドの人々にSAKEのいろいろなおいしさを伝えていきたい。少しずつでもトライしていきたい」(デイビッドさん)
昨年のラグビーワールドカップ開催期間中、ニュージーランドではオールブラックスのパーティーで「全黒」がよく飲まれた。地元のテレビでも「全黒」とラグビーのことがニュースで取り上げられた。漢字の読めないニュージーランド人も、「全黒」を「Zenkuro」と読めるようになったという。「両国の架け橋になっていることが実感できて、とてもうれしい」と笑顔のデイビッドさん。
SAKE文化を広めるには、まだまだ時間がかかるが、SAKEの魅力を少しずつでも地道に広げていきたいとデイビッドさんは考えている。そのためにも今後、酒の販売免許も取得する予定だ。
「販売免許を取れば、毎日配達したり、蔵に遊びに来た人に販売したりできます。将来は軽食も一緒に味わえるSAKEバーのような店も蔵に併設して、SAKEの説明をしながらゆっくり楽しんでもらえる空間を作りたいです」。ラグビーとともに、彼の夢は果てしなく広がる。
(国際きき酒師&サケ・エキスパート 滝口智子)
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