カルピスはなぜ「初恋の味」なのか 100年変えぬ製法アサヒ飲料 常務執行役員マーケティング本部長 大越洋二氏(上)

アサヒ飲料の大越洋二常務執行役員マーケティング本部長
アサヒ飲料の大越洋二常務執行役員マーケティング本部長

日本初の乳酸菌飲料として1919年に発売された「カルピス」はブランド誕生から100周年を迎えた。生みの親はカルピス創業者の三島海雲氏。ロングセラー誕生の裏には、失敗を重ねた苦い経験もあった。

(下)100年ブランド「カルピス」、周回遅れから再起の舞台裏 >>

ロングセラー商品のなかには、何度も製法の改良を重ねてきたケースが珍しくないが、「カルピス」の製法は約100年間、ほとんど変わっていない。主な原料は国産の生乳。この生乳から脂肪分を取り除いた脱脂乳に、乳酸菌と酵母の集合体である独自の「カルピス菌」を加えて発酵を開始。乳酸菌の働きで酸味が生まれた一次発酵乳に砂糖を加え、酵母菌の働きによって二次発酵させるなどし、味を整え「カルピス」になる。

「乳酸菌と酵母で2度発酵させる点がユニークです」と、アサヒ飲料常務執行役員マーケティング本部長の大越洋二氏は言う。

カルピスの株式はかつて味の素が所有していたが、2012年、アサヒグループホールディングスに譲渡された。飲料事業はその後、アサヒ飲料に集約され、「カルピス」の商標権も今はアサヒ飲料が持つ。1984年、新卒でカルピスに入社した大越氏は13年からアサヒ飲料に移り、「カルピス」をはじめとしたブランドのマーケティングを取り仕切っている。

「カルピス」の生みの親は、カルピス創業者の故・三島海雲氏だ。三島氏は1878年、現在の大阪府箕面市にある寺の長男として生まれた。西本願寺文学寮で学んだ後、英語教師となり、仏教大学へ編入。大学から中国行きを勧められ、1902年、24歳で中国へ渡る。

奈良県の大富豪の息子と親しくなった三島氏は、資金を得て中国で事業を開始。軍馬を日本に送る仕事もその一つ。軍馬を仕入れるために内モンゴルを訪れた三島氏は、そこで「カルピス」の原点となる飲み物に遭遇する。

「長旅で体調を崩し、現地の遊牧民に勧められるまま、乳酸菌で発酵した酸っぱい乳を飲んだところ、みるみる体調が回復した。日本に戻っても、その体験が忘れられなかったのでしょう。みんなのためになる少し健康的な飲み物をということで試行錯誤した結果、『カルピス』に行き着きました」(大越氏)

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