米系広告会社の若手社員 本業を離れ、新規事業に挑戦
米系広告会社グループのマッキャンエリクソン(東京・港)で2015年9月に立ち上げられたのが、「マッキャンミレニアルズ」という若手社員グループだ。マッキャンミレニアルズは会社の全面支援を受け、本業の広告事業に縛られない新しい事業創造を目指す。
面白くて新しいものを作りたい
マッキャンミレニアルズの立ち上げに関わり、現在も中核メンバーの一人である松坂俊さん(34歳)は立ち上げ当時の心境をこう語る。
「僕は1984年生まれ。周りには同世代で自分の好きなものを作ってスケールさせている人がいっぱいいたんです。例えば、米フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ氏も同い年ですしね」(松坂さん)
立ち上げメンバーは同世代の男性社員3人。「僕は個人的に人工知能(AI)に深い興味があったので独学でいろいろと学んでいました。当時は仕事の半分がいずれAIに奪われると騒がれ始めた頃。でも、僕はAIは人間の敵ではなく、新しいものを共創するパートナーだと思っていた。そこで、AIにCMを作ってもらうプロジェクトを立ち上げたいと考えて会社側に提案してみたところ、『面白いからやれ』とあっけなく企画が通りました」(松坂さん)
クライアントからの要望に沿って広告を作るという従来の仕事にとどまらず、時代の先を読み、面白くて、新しいものを自らの手で作って発信したい。そう考える若手社員が集まる場所があれば――。その思いがかたちになったのが、マッキャンミレニアルズというチームだ。
現在、メンバーは、国内に約80人、グローバルも含めれば合計100人を超える。1980年代以降生まれのミレニアル世代がほとんどだが、希望者は年齢によらず誰でも参加できる。以下の5つのチームに分かれて活動している。
プロジェクトを立ち上げて運営したり、コミュニティーを作ったりする。隔週で社内のイベントスペースで講師を招くなどして実施するイベント「木曜日のミレニアルズ」の担当でもある。
2.PRチーム
社内外のネットワークを広げる役割。個々のメンバーがそれぞれつながっているメディアとの窓口にもなる。
3.エディトリアル・チーム
オウンドメディアに記事を投稿したり、グループ会社内の社内報に定期コラムを執筆したりする。
4.APACチーム
東京、シンガポール、タイ、オーストラリアなど10カ国のオフィスとコミュニケーションする。
5.デザイン・チーム
マッキャンミレニアルズの活動で必要になるデザインの業務を手掛ける。
※その他
プロジェクトベースでメンバーが様々な企画を立ち上げてチームを組んで活動している。
興味を深掘りする
マッキャンミレニアルズの一人、プランニング本部所属の上坂あゆ美さん(28歳)は2017年5月に同社に転職した。その転職のきっかけの1つがマッキャンミレニアルズだったと言う。「前職はPR会社。3年間、営業の仕事をしていました。マッキャンミレニアルズ内にあった『猫好きプロジェクト』からのPR案件が舞い込んだときに猫好きの私が担当したこともあって、色々な人とのご縁もあり、転職する流れになりました」(上坂さん)
上坂さんがマッキャンミレニアルズ内で所属するのは「コミュニケーションプランニングチーム」。隔週に開催されるセミナー勉強会「木曜日のミレニアルズ」の企画と運営を担っている。
「マッキャンミレニアルズの魅力は、自分の興味を深掘れるところ」と語る上坂さん自身の「興味」は短歌。「広告もコピーも、人に伝えるという意味では短歌に通じる」と考え、大好きなニューウェーブ短歌の有名な歌人をセミナー講師として招へいすることを提案。マッキャンミレニアルズのメンバーを説得し、講師代の予算を確保し、当日のイベントを成功させた。
「仕事の延長で、自分の会いたい人に会える。こんな幸せはない」と上坂さん。そこには「面白いこと」を追求し、新しい価値を世に発信したいという、同社の思いがある。
「マッキャンミレニアルズの活動は、前職時代から知ってはいましたが、そこまで会社が若手社員の思い通りにやらせてくれるものなの? と半信半疑でした。入社後、実際にマッキャンミレニアルズに入って活動してみたら、企画に筋が通ってさえいれば本当に自由にやらせてもらえることが分かって驚きましたね」(上坂さん)
上坂さんにはマッキャンミレニアルズの経験を生かして提案し、成功にこぎ着けた企画がある。自宅にわが子の写真を飾って自己肯定感を高める「ほめ写プロジェクト」というものだ。「小学生のめいっ子と触れ合う中で、自分としても日本中の子どもの自己肯定感を上げたいという思いが芽生えたので、とてもやりがいを持って取り組んでいます」。教育評論家らとの連携のもと、富士フイルムにメーンパートナーになってもらい、プロジェクトを実現させることができた。
日本発信「グローバル企業のメリットを生かした働き方」
マッキャンミレニアルズの活動は、会社から全面的にバックアップされており、予算も配分される。「例えば、運営メンバーが翌年の運営を話し合う合宿費や隔週開催のイベント運営費などは、会社から予算が出ます。運営メンバーは役員会議に出席し、活動報告をしています」(松坂さん)
設立当初は、経営側から「いくら投資したら、どのくらい利益が生み出せるか」と聞かれたそう。しかし、「ビジネスとして考えるのであれば新部署を立ち上げることもできる。今回はそれよりも若手社員の自主性を重んじたい」と有志団体としてスタートさせることを選択。ただし、今では想定以上の売り上げを生み出すようになり、経営側から「稼ぎを意識せず、自由と面白さを追求してほしい」と言われるほどに成長した。
目下、松坂さんが新しく社内で取り組んでいるのは、国境を越えて働く「マッキャン・ノマド」だ。
「働き方改革の一環で、会社はリモートワークを推奨しています。すると、大阪にいても海外にいてもさほど状況は変わらないんですよね。一方で、移動と創造性には相関性があるとも言われているので、せっかくならダイナミックに動こうと、東京・シンガポール・タイ・オーストラリアのオフィスでそれぞれ試験的に一人ずつ他国のオフィスにデスクを置いて働くプロジェクトを提案し、2019年6月から実践しています」(松坂さん)
着想のきっかけは、松坂さん自身の体験にあった。実は松坂さんは2017年7月から、1カ月のうち7~10日間を東京オフィス、残りはマレーシアオフィスで勤務している。
「もともとグローバル企業のメリットを生かす働き方をしたいという問題意識がありました。年中温暖で過ごしやすいこと、イスラムのマーケットについて学べること、安全性と生活費のコスパも高いことから、マレーシア移住を検討。会社側に、ミレニアルズ世代の人材の流動性アップと有機的なネットワーキングを実現するために、マレーシアを拠点にして働きたいと提案したときはビックリされましたが、半年後に実現しました」(松坂さん)
そんな松坂さんに触発され、上坂さんはマッキャンエリクソンが23階に本社を構えるビルの20階にあるグループ会社に、2019年8月から3カ月限定で「出張」し、研さんを積んでいる。「もともとグループ会社なのにフロアごとに空気が全然違うことに違和感があったんです。自分にできることはまだ分かりませんが、物理的に移動することで課題を明らかにしていきたいと思います」と上坂さん。
会社の未来、現在の原動力
マッキャンエリクソンのプランニング本部・本部長の松浦良高氏は 「若い人たちの価値観は、働き方も含めどんどん変わっています。だからこそ僕は、若い人たちの成長や主体性をできる限り応援したいと思うし、そのことによって僕自身もたくさん学んでいます。今後もミレニアルズらしいことをグイグイしかけてほしいです」と語る。
若手社員が、長いものに巻かれるのではなく、新しい「何か」を生み出すために独自に仮説を立て、アクションを起こそうとする。その若手社員を会社側もあの手この手で支援する。マッキャンミレニアルズはそんな意欲的な若手社員が集まる部室のような場所であり、そこを基盤にして社内外にエネルギーを発散する基地にもなっている。
※記事中の登場人物の年齢は記事初出時のもの。
(取材・文 小田舞子=日経doors編集部、写真 窪徳健作)
[日経doors 2019年10月21日付の掲載記事を基に再構成]
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