富士フイルムは両利きの経営 ハーバードが見た開拓力ハーバードビジネススクール名誉教授 マイケル・タッシュマン氏(上)

実は私たちの理論は、成熟企業だけではなく、スタートアップ企業にも適応できるものです。私たちは「新領域の探索」と「成熟事業の深化」を両輪でまわす経営のことを「両利きの経営」と呼んでいますが、これは既存の企業にとってもスタートアップ企業にとっても実践するのは難しいものです。

佐藤智恵(さとう・ちえ) 1992年東京大学教養学部卒業。2001年コロンビア大学経営大学院修了(MBA)。NHK、ボストンコンサルティンググループなどを経て、12年、作家・コンサルタントとして独立。「ハーバードでいちばん人気の国・日本」など著書多数。日本ユニシス社外取締役。

既存の企業は、「成熟事業の深化」にばかりリソースを集中してしまう傾向があるので「新領域の探索」を推進するのは苦手。一方、スタートアップ企業は、新領域の探索は得意だけれども、事業を深化させる過程でつまずく傾向にある。「探索と深化」という観点から見れば、既存の大企業とスタートアップ企業は対照的な存在です。

佐藤 日本でも広まりつつある「両利きの経営」という概念は、著者であるタッシュマン教授とオライリー教授が最初に提唱したものですか。

タッシュマン それは違います。「両利き」という表現を最初につかったのは、ノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院のロバート・ダンカン教授です。「探索と深化」という概念を最初に提唱したのは、スタンフォード大学経営大学院のジェームス・マーチ教授です。「両利き」「探索と深化」という別々にあった概念を統合して、企業の進化論として理論化したのがオライリー教授と私です。

佐藤 本書のアメリカでの反響はいかがですか。

インベーションのジレンマの解決法の1つ

タッシュマン 私たちの本では英語版の副題にもあるとおり、「イノベーションのジレンマの解決法」を提唱することを目的としています。その解決法として私たちが提言しているのが、「新領域の探索」を行う部門、「成熟事業の深化」を行う部門を構造的に切り離して管理することです。つまり、組織の中で「探索部門」と「深化部門」をきっちり分けて、経営幹部が上から両方を管理する手法です。

ところがこれはあくまでも1つの解決法にすぎません。『イノベーションのジレンマ』の著者であるハーバードビジネススクールのクレイトン・クリステンセン教授(編集部注:2020年1月23日死去)は、同じ組織の中で新領域の探索を行うのは難しいから、独立した別組織で行うこと(=スピンアウト)を提唱しています。ロンドンビジネススクールのジュリアン・バーキンショー教授とスタンフォード大学のキャスリーン・アイゼンハート教授は、「探索部門」と「深化部門」を構造的に切り離さなくとも、同じ部門内、あるいは、個人のレベルで「探索と深化」を同時に行うことは可能だと主張しています。

このように「イノベーションのジレンマの解決法」をめぐっては様々な考え方があり、経営者の中には他の学者の理論を支持している人もいますから、アメリカで本書が出版されたとき、少々議論を呼んだのは確かです。

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