成長期のティラノサウルス発見 新種論争に決着か
6600万年前、北米の大地には、王者ティラノサウルス・レックス(Tレックス)の足音が鳴り響いていた。Tレックスの化石は、白亜紀の地層から豊富に見つかっている。にもかかわらず、孵化してからあれほど巨大になるまでの成長過程については、これまでのところ手がかりが少なかった。
だがこのほど、未成熟なティラノサウルス類の骨の断面を詳細に分析した結果が、1月1日付けで学術誌「Science Advances」に発表された。論文は、Tレックスの成長速度がその時々で変化していたことを示唆。食物が少ないときには成長を遅くすることができ、進化上の利点となっていた可能性がある。
この研究はまた、もともと異論の多かった「ナノティラヌス」と呼ばれる恐竜の存在に、さらなる疑問を投げかけている。ナノティラヌスは、古生物学者らが1980年代に、Tレックスとは別のティラノサウルス類の新種と分類した小柄な肉食恐竜。しかし、研究が進むにつれて多くの専門家が、ナノティラヌスの化石はおそらく成長途上のTレックスだろうと考えるようになった。
今回、研究対象になったのも、ナノティラヌスの可能性がある骨。その微細な構造を初めて調査した結果、調べられた2体の化石については、未成熟な個体であると確認された。つまり、可能性は2つに1つ。この化石がナノティラヌスだとすれば、成熟した個体がまだ発見されていないか、もしくは、ナノティラヌスは存在せず、調査された化石は若いTレックスであるかだ。後者であれば、これらはTレックスの重要な発達段階を垣間見せてくれる化石だということになる。
「Tレックスほどの有名な恐竜ですら、まだわかっていないことが多いのです」と論文の著者で米オクラホマ州立大学健康科学センターの古生物学者ホリー・ウッドワード氏は話す。「卵からかえってから、どうやって体重9トンの巨体になるのか、その生活史はほとんどわかっていません」
10歳代で急成長、1日2キロ増
成熟個体の研究により、Tレックスは20歳代半ばまでに巨大な体になることがわかっている。2004年に発表された2つの有名な論文によれば、Tレックスは10歳代に急激な成長期があり、その間は体重が1日に平均2キログラム強増加していたことが示唆されている。しかし、成熟したTレックスだけでは判然としない部分も多い。骨は成長とともに生まれ変わり、幼い頃に作られた骨は徐々に消えてしまうからだ。
「ハトほどの大きさの孵化直後からバスよりも大きな成体になるまで、かなりの速さで成長する必要があったはずですが、10歳代の間にどのように成長したかはよくわかっていないのです」。英エディンバラ大学の古生物学者で今回の論文を査読したスティーブ・ブルサット氏はEメールでそう語る。
その問題に取り組んだのがウッドワード氏だ。氏は子どもの頃から顕微鏡をのぞくのが大好きで、恐竜の骨に残る微細な構造を研究するようになった。氏が率いる調査チームは今回、米モンタナ州で発見されイリノイ州のバーピー自然史博物館に保管されている2体の恐竜の標本に着目した。1体は「ジェーン」と名付けられた、ほぼ完全な骨格が残る体長6.4メートルのティラノサウルス類。名前のないもう1体は、欠損している部分も多いが、おそらくジェーンよりも大きかったと考えられている。
骨に残る年輪
チームはまず、2体の脚の骨から薄片を取り、合成樹脂に埋め込んだ。そこからさらに薄くスライスし、化石化した骨に光が通るよう、ヒトの髪の毛ほどの厚さにまで研磨した。ウッドワード氏はこれらの透けた骨片を用いて、これまで見えていなかった細部を観察した。血管の跡からは、どれだけの血液が骨に栄養を運んでいたかがわかり、骨の成長速度を推定できる。骨の構造自体にもヒントがあった。ミネラルの含まれ方が不均一であるほど、骨は速く成長していたことになるからだ。
骨には樹木の年輪のように、毎年の変化も記録される。温暖な季節には速く成長し、食物の少ない冬季には3カ月から6カ月ほど成長が止まっていたらしく、それを示す輪が残っていた。
両個体とも、骨の繊維は乱れ、血管があちこちに張り巡らされていた。死亡当時、骨が急速に成長中だったことを示している。さらに、これらの骨には成熟個体に特有の多数の線がなかったため、未成熟個体であることが確定的となった。チームにとってみれば、これは今回の化石がほぼ確実にTレックスのものと示す証拠にほかならない。
「ナノティラヌスは存在しなかったという説をダメ押しするような結果です。そろそろ決着をつけてもいいのではないかと思います」とブルサット氏は話す。「ナノティラヌスの成熟個体が見つかるかもしれないという希望を捨てているわけではありませんが、現時点では、同じ地層からユニコーンの化石が見つかることくらい、可能性は低いと言っていいと思います」
成長を止めて生き延びる
ウッドワード氏らは「年輪」の数を基に、2個体がそれぞれ死亡時に少なくとも13歳と15歳にはなっていたと推定している。さらに、おそらくは食物の多寡に影響され、各個体の成長速度が年によって大幅に変動していたことを発見した。
「食物が少ないからといって餓死するのではなく、成長を止めることで生き延びていたと考えられます」とウッドワード氏は話す。Tレックスの化石が見つかった地層からは、他の中~大型の肉食恐竜があまり発見されていない。氏によれば、他の捕食者たちはTレックスほど当時の生態系にうまく適応できなかった可能性が高いという。「この生存戦略は(Tレックスにとって)大変うまく機能したのかもしれません」
ウッドワード氏は現在、ティラノサウルス類の成長に関するさらに大規模な研究のためにデータを収集している。断片的な化石記録からティラノサウルス類の成長パターンをモデル化できるかどうかを明らかにするためだ。また、今回のティラノサウルス類の化石をさらに分析したいとも考えている。
たとえば今回の調査で、1体の標本には骨髄骨(髄様骨)が含まれている可能性が示唆された。これは排卵中のメスのみに見られるものだ。確証を得るためには、さらなる化学的調査が必要になる。
「まだこんなにも未知のものがあるというのは、素晴らしいことだと思います」とウッドワード氏は言う。「子どもの頃、恐竜の本をたくさん読んで、『恐竜の研究がしたいけれど、大人になる頃には、研究することが何も残っていないんだろうな』と思っていました。それが間違っていて、本当にうれしく思います」
(文 Michael Greshko、訳 桜木敬子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2020年1月7日付]
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