1月2日の夜明け前でしたから、街はまだ静かで車もほとんどなく、気持ち良く走れます。例によって向かう先は浅草の観音さまです。そして雷門の前で初めてお客さまを乗せました。中年の男性で、行く先は両国です。「おめでとうございます。お早いですね」と声をかけますと、お客さまは「お宮やお寺は朝一番がいい」と答えてくれました。「清澄通り」を「北斎通り」に折れてすぐのところで降りられました。北斎通りには葛飾北斎先生の生まれた場所があります。北斎先生は僕が一番尊敬する絵描きですから、仕事始めに北斎通りに着いたのは実に幸先よいことでした。

するとすぐ前方で手を上げている体の大きな若者が目に入りました。お相撲さんの若い衆です。「関取が来るから」と言われてすぐ、見知ったお顔の大関が現れました。大関が乗り込んだ瞬間、車がずしりと沈みました。大関は言葉少なに「観音裏まで」。お相撲さんを乗せるのは縁起がよいこととされていましたし、そのお相撲さんを乗せて浅草に行くのですから、これは良い年になるとうれしくなりました。

その後、何組かお客さまを乗せて昼を過ぎたころです。走り慣れた道の交差点を右に曲がったところを警官に咎(とが)められました。通常は右折禁止なのですが、日曜祝日に限っては右折可能になる交差点です。その50歳くらいにみえた警官は「きょうは2日、三が日の祝日は1月1日だけだ」と言います。僕は会社からもらったお年玉の袋を見せながら、三が日は日曜祝日と同じだと思っていたと言い訳しました。

ずっと無事故無違反だった僕の運転免許証はゴールドです。それを見つめていた警官は「停車したとき、右折せずに真っすぐ行ってくれたらいいなあと思ったんだ」と口にすると、苦笑いして免許証をこちらに返し、そのまま行くように促しました。僕は「ありがとうございます」とお礼を言って走り出しましたが、この先も無事故無違反の運転を続けなければいけないと自分に言い聞かせたのを覚えています。朝からの幸運を思い、警官の温情に感謝しました。

令和2年大相撲初場所ののぼり(手前)とやぐら太鼓(両国国技館)

この記事が公開されるのは大相撲初場所の千秋楽。両国国技館のやぐら太鼓の音が澄んだ冷たい空に響き渡っているでしょうか。皆さま、よいお年でありますように。

安住孝史
1937年(昭和12年)東京生まれ。画家を志し、大学の建築科を中退。70年に初個展。消しゴムを使わない独自の技法で鉛筆画を描き続ける。タクシー運転手は通算20年余り務め、2016年に運転免許を返納した。児童を含めた芸術活動を支援する悠美会国際美術展(東京・中央)の理事も務める。画文集に「東京 夜の町角」(河出書房新社)、「東京・昭和のおもかげ」(日貿出版社)など。

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