勤務の場所自在 ママがママ呼ぶ医療会社の型破り人事
「今日はオフィスに出社するか、家で仕事するか」は当日朝に決めてもいい。指揮命令系統は存在せず、いつ、どの仕事をどんなやり方で進めるかも、各自の裁量に任されている。副業歓迎で、実際に他社と3~4社掛け持ちしているトリプルワーク、クワトロワークの社員も存在する――。そんな型破りの仕組みや制度で、子育て中で短時間勤務を選んだ女性たちのモチベ―ションを高め、業容を拡大しているクラウドクリニック(東京・港)。創業者で代表取締役の川島史子さんに、同社のユニークな仕組みや制度が生まれた背景、短時間勤務ママをはじめとするメンバーのマネジメントで心がけていること、事業や組織の在り方、メンバーに対する思いなどについて聞いた。
短時間でもやりがいを持って働ける仕組みを作る
クラウドクリニックは、在宅医療に取り組む医師のカルテの準備やサマリー作成、医療・介護連携書類作成、診療報酬算定といった医療事務全般を代行する。
代表取締役の川島史子さんは、医療機関で医療コンシェルジュなどとして経験を積んできた。父親が末期がんになったことをきっかけに在宅医療について学び、在宅医療に取り組む医師やクリニックをサポートしたい、という思いから2015年に創業。現在は、20を超える在宅医療クリニック・法人からアウトソーシングを請け負い、東京・港区の本社のほか、長崎、名古屋、ベトナムなど国内外6カ所にサテライトオフィスを、福岡にオペレーションセンターを構える。
同社で働くメンバーは42人(2019年7月時)。うち40人が女性で、子育てママ世代も多い。既存のメンバーから「面白い働き方ができる会社だよ」と紹介された周囲の友人などが、面接を受け、入社してくるパターンが少なくないという。
「医療や福祉は、女性の雇用者数がもっとも多い業界の一つなのですが、子どもが生まれたり親などの介護をすることになったりして、フルタイムで働くことが難しくなり、現場を離れる女性が少なくありません。看護師や医療事務などの有資格者や、資格はなくても高い志を持って医療業界を支えてきた方々など、高い能力を持ちながら埋もれている女性たちの活躍を後押ししたい、という思いもあり、たとえ短時間でもやりがいを持って働ける仕組み作りに力を入れてきました」と川島さんは言う。
すべてのメンバーが経営視点を持ち事業にコミットする
「月130時間」でも正社員になれる「短時間正社員」制度、他の会社で正社員として働くのもOKなど、同社の仕組みや制度は非常にユニーク。「すべて、メンバーの声から生まれたものです。創業当初から、メンバーたちに『どんな仕組みなら働きやすい? 働き続けられる?』と尋ね、出てきた意見をベースに、全員で話し合いながら構築してきました。
『こういう仕組みにしたいけど、法律上の問題はないの?』などと迷うたびに、顧問契約をしている社会保険労務士さんなど、人事労務のプロたちにアドバイスをもらい、一つひとつ壁をクリアしてきました。周りの協力を得ながら、新しい仕組みを作り続けてきましたが、今もなお、『より働きやすい職場』を目指して進化中です」(川島さん)
ちなみに同社には、「社員」や「スタッフ」という呼び方は存在せず、正社員でも契約社員でも、パート勤務者でも「メンバー」という呼び名で統一しているという。「言葉って大切。あの人は正社員、この人は契約スタッフ、などと呼び分けていると、どうしても上下関係のような意識が出てきてしまうものです。当社では業務形態は関係なく、誰もが対等でありたい。そこで、私を含め全員が『メンバー』として、全員下の名前に「さん」付けで呼び合うようにしています。女性は名字が変わることがありますからね」(川島さん)
「誰もが対等でありたい」という川島さんの思いは、組織形態にも表れている。実は、同社には、管理者と一般職といった概念がなく、誰かから強く命令されるような指揮系統は存在しない。川島さんが目指しているのは、今注目の新しい組織形態である「ティール組織(フレデリック・ラルーが著書『Reinventing Organizations』で提唱)」。昔ながらのピラミッド型組織とは一線を画し、すべてのメンバーが経営視点を持ちながら、互いにフラットな立場で自律的に事業にコミットする、というものだ。
「うちでは、誰かが誰かに指示する、ということがありません。メンバーは、自らが経営者意識を持って、自分自身をセルフマネジメントし、ほかのメンバーとの関係性のなかで動き、仕事を進めるのが基本。他の会社から転職してきた人などは、この仕組みに最初は戸惑い、私のところに『こういうやり方で進めようと思いますが、問題ありませんか?』など不安げな顔をしながら確認に来ますが、『〇〇さんはどう思う?』と聞くと、きちんと正しい答えや方法を持っているのです。『〇〇さんがいいと思ったやり方で進めればいいよ』と背中を押すだけです。
だいたい2カ月くらいで自律的な仕事のスタイルがすっかり板につき、自信を持って仕事に関われる人が多いですね。本当に自分らしくいていいんだと『安心』するようです。上司から、あれしなさい、これしなさい、と一方的に言われると、やる気が消失するものです(笑)。その日の体調次第で、やることを自分で決められるほうが結果的にいい仕事ができます。『安心』できる職場環境やメンバーとの関係、チームや社会との一体感が持てると、自主的に伸びていく、と実感しています」(川島さん)
在宅でも遠方でも全メンバーがSlackでコミュニケーション
出社するか、在宅で仕事をするかも、各人がその日の朝、自分で判断する。どこでも仕事ができる体制を可能にしているのが、チームコミュニケーションツールの「Slack 」だ。
メンバーは全員、Slack上でつながっており、朝、仕事をスタートすると、「おはようございます」という挨拶をし、「今日は〇〇と〇〇の業務を進めます」と自己申告する。チームごとに設けた個別チャンネルでは、メンバー同士が業務の進捗を逐一報告し合い、直接話し合いたいことができたら、その場でオンライン会議を行う。ランチで席を離れる際には、「昼食に入ります」、仕事が終了したら「お疲れさまでした」などと一言声をかけるのがルールだ。細かな運用ルールを設けることで、自宅でも会社でも関係なく、チーム仕事ができる体制を整えている。
「働きやすさ」を守るため、急ぎの仕事は極力受けない
クライアントごとに設けたチームで仕事を行い、進捗状況を常に共有しているのは、突発的な事態にも対応できるようにするため。「子育て中のメンバーは、お子さんの急病などで急に仕事に入れなくなることもありますが、チーム制なら、誰かが急に抜けることになっても、他の人がすぐにフォローに入ることができます。また、小さな子どもがいる30代のメンバーだけでチーム編成をするのでなく、子育てが終わって比較的時間の自由が利く50~60代のメンバーを一緒のチームにするなど、組み合わせを工夫しています」と川島さん。
「その日のうちにしなければならない仕事」をなるべく減らしているのも、メンバーの「働きやすさ」を守るための工夫だという。
同社では、顧客である医師やクリニックからの依頼でも、原則として「きょう中に」「大急ぎで」という依頼は極力受けない。
どこまでも「メンバー本位」に見えるクラウドクリニックだが、体制づくりの根底には、悪い人、ズルをする人はいないという、性善説があるという。「クラウドクリニックの存在目的である『使命』をみんなが意識して、組織自体が何のために存在し、将来どの方向に向かうのかを常に追求しつづけるから良い人しか集まらないんです」と川島さんは言う。
「メンバーは皆、まじめすぎるくらい、まじめなところがある」と話す川島さん。「特に短時間勤務のメンバーは勤務時間中に一言もしゃべらないくらい根を詰めてしまいやすいので、『もっと話そうよ』、と私がせっせとお茶を入れたりお菓子を配ったりしているんです」(川島さん)。
有給休暇も「子どもに何かあったときのためにとっておきたい」と、使いたがらないメンバーが多いことから導入したのが「アニバーサリー休暇」。1年に1日、自分で自由に「記念日」を決めて、休暇をとっていいことにしている。取得する日は、子どもの誕生日でも、自分の誕生日でも何でもOK。「その日は何の記念日なのか」と確かめることもしないという。「とにかく、きちんと休んでほしい。働いた分、休息をとることが大切」と川島さんは強調する。
(取材・文 柳本操、蓬莱明子=日経DUAL編集)
[日経DUAL 2019年7月11日付の掲載記事を基に再構成]
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