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異星で生命が見つかったら 宇宙生物学が導くもの

東京工業大学 地球生命研究所 藤島皓介(最終回)

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NIKKEI STYLE

ナショナルジオグラフィック日本版
文筆家・川端裕人氏がナショナル ジオグラフィック日本版サイトで連載中の「『研究室』に行ってみた。」は、知の最先端をゆく人物を通して、世界の不思議や課題にふれる人気コラム。2020年の年明け前後の「U22」に転載するシリーズは「宇宙生物学」がテーマ。地球と地球外の生命をともに考える地平からは平和へのメッセージが聞こえてきます。

◇  ◇  ◇

東工大地球生命研究所の藤島皓介さんは、宇宙生物学者として、土星の衛星エンケラドス探査の準備を進めている。

地球の生命の起源の話をさんざんしてきたけれど、ここではもう素直に、藤島さんのことを宇宙の研究者だと考えてよい。

では、生物の専門家である藤島さんが、このような宇宙探査計画で担当する部分はどんなことだろう。

「二つあります。第一に、エンケラドスで何をどれほどの精度で見つけられたら生命がいると言えるかという疑問に答えなくてはなりません。そして、第二に、サンプルの捕集とその後の分析をどうすれば成功させられるかです。複数の軌道計画をトレードオフした結果、現在のベースライン案では、エンケラドスの周回軌道に入らずに、エンケラドスの近くを『フライバイ』、つまり通り過ぎます。このとき探査機とプリュームの間には秒速4キロ以上の相対速度があるため、エンケラドスの海の底から宇宙空間に放出された微粒子に含まれているだろう有機物を、そうした超高速な衝突を経ても、いかに壊さずに捕まえて地球に持ち帰るか、あるいは探査機の中で、その場で有機物を微粒子から抽出、分離、分析できるようにするかということに挑戦しています」

まずは第一の担当について。どんなものを見つけたら、エンケラドスに生命がいると言えるのか。これが分からないと探査計画自体が成立しない。藤島さんの見解が問われるところだ。

「今、考えている生命徴候の候補は、実はペプチドなんです。その理由は、まず、その材料になるアミノ酸が宇宙において普遍的に存在している生命関連物質だからです。遠くの天体のガスの中にもあることが分かっているし、炭素質隕石の中からも見つかっています。比較的、単純な分子なので、例えば星間雲を模したガスや塵(ちり)に放射線を当てると、アミノ酸の前駆体ができることも実験的に分かっています。そして、アミノ酸はつながって『紐』、ペプチドやタンパク質になることで、さまざまな形状をとれます。ある種の金属と非常に親和性が高くて、電子伝達、酸化還元反応に使えたり、あるいは化学反応の触媒になるような分子にもなり得ます。ですから、アミノ酸がつながった短いタンパク質、ペプチドをまずは見つけようとしています」

タンパク質が鉱物を取り込んで、酸化還元反応を担うことについては、この連載の第3回を参照のこと。

ただし、ペプチドがあったからといって、即座に生命発見! とはいえないだろう。というのも、ペプチド自体は、非生命的な化学反応でも生まれるからだ。生命由来のものと非生命的な反応に由来するものをどう見分けるのだろうか。

「実は、慶應で当時修士学生だった高萩航くん(現在、東大の博士課程)が、エンケラドスの模擬熱水-岩石反応を再現したときに、そこにアミノ酸を入れるとつながってペプチドになるかという実験をやりました。すでに学会でも発表したのですが、結論を言いますと、つながります。2つのアミノ酸がつながったペプチドができます。なぜこの実験をやったかというと、エンケラドスの環境でペプチドが見つかったとして、それが生命の存在を示すものなのかどうか判別したいわけです。そのためには、まず生命反応を全く介さない、ただの岩石上での触媒反応でできるペプチドのセットを知っておけば、実際に行った時に答え合わせができますよね。そして、答え合わせをしたときに、ちょっと待てよ、なぜかできるはずのないアミノ酸があって、かつそれが鎖になってつながっている、となれば、要は惑星科学的には説明できない何らかの、恐らく地球外生化学的な反応が起きている可能性が高いわけです」

以上が、藤島さんの担当である「何を見つけたら生命がいるか」という話だった。

一方、2つ目の担当である「いかに確保して、分析するか」の方も、なかなかおもしろい。

「相対速度が秒速4~6キロメートルって、マッハでいうと12~18くらいなんですよ。そんな速度で金属面のような固体にぶつかると、衝突時に発生する熱で小さな物質の粒子はイオン化してしまうんです。カッシーニ探査機のエンケラドスへの相対速度はそれよりもさらに速かったので、それを逆手にとってイオン化したものをそのまま質量分析器にかけて分析していました。でも、僕たちはできれば有機物を変性させずにそのまま分析したいんです。それで、シリカでできたエアロゲルと呼ばれるふわふわの素材を使うことにしました。プリュームの中にあることを想定したペプチドを合成して微粒子にして、JAXAの宇宙科学研究所にある超高速衝突実験施設で実際に打ち出す実験をして、ペプチドを一部変性させずに捕集・抽出することができると分かりました」

実験で実際に使ったエアロゲルを見せてもらったが、本当にふわふわで軽い素材だった。猛烈な速度で微粒子を打ち込まれた痕が、少し焦げたように深く穿たれていた。微粒子の大きさは直径100マイクロメートルから200マイクロメートルくらいだったというから、この速度ではそんな小さなものでもものすごい運動エネルギーになるのだと実感できる。

以上のように、藤島さんは自身の担当の部分を基本的にはクリアして、あとはやがてエンケラドス探査計画が正式にスタートするのを待っている。宇宙に探査機を送るような計画は、常に「待ち」になってしまいがちだが、藤島さんは一貫して喜々として語るのが印象的だった。

「いやあ、もう非常に楽しいですね。普段は実験室で分子進化の実験をやっているので、そこで扱っている分子が、宇宙探査の生命徴候の一つになり得る、候補の一つになれるというわけですから。同じアストロバイオロジーという枠の中で、実験室での研究と宇宙探査という毛色が違うことをやっていると、片方でやった成果をもう片方に応用して、それで分かったことからまた新しいことが分かる、みたいなことがあります。そして、宇宙探査で生命を見つけるというのは、我々が知っている生命の母数を1から2にするというとても大きなミッションです。本当にやりがいのある仕事です」

我々が知っている生命の母数を1から2に。

藤島さんはその点を強調した。

ここから先は、想像を逞しくしてみよう。

現時点の科学的知識に基づきつつも、エンケラドスにはどんな生命がいる可能性があるのだろうか。ぜひ、知りたい!

藤島さんに問うたところ、思いの外、真剣な思案顔になった。宇宙生物学者としていい加減なことは言えないと、つまり、研究者の沽券に関わる質問であったと気づいた。

「エンケラドスは、これまで大きな熱を受けてこなかった、つまり一度もコアが溶けて、溶融してくっついていないっていうことがもう分かっているので、恐らく最高でも数百℃にしかならず、潮汐加熱(※)による持続的な熱水活動が続いていると考えられます。つまり海水は集積した時の有機物を含み、それが多孔質で表面積が大きい岩石コアと触れ合っている状態です。そこで"エンケラドス生命"が誕生するとすれば、そこはやはり鉱物表面だと思います。そして、やっぱり『個』が必要であるとすれば、恐らく有機物でできた皮膜みたいなものに覆われてるだろうと。なので、僕は、単細胞の微生物みたいなもの、あるいは微生物になる以前の、いろんな有機物が混ざり合いながら交換し合ってるような、そういう総体を今思い描いてますね。たぶんサイズ的にはかなり小さいのかなと、それぐらいの想定ですね」

異星の生命だからといって異形のものというのはちょっと飛躍しすぎのようだ。

ただし、実はディテールが大いに違う可能性はある。

「宇宙で見つかるアミノ酸の数は、実は我々がタンパク質に使っている20種類よりもずっと豊富で、今80種類ほど見つかっているんですね。別の天体の生物がアミノ酸をつなげて使っているとしても、同じ20種類とは限らないですよね。今、合成生物学では、例えば大腸菌に人工的なアミノ酸を導入して、人工アミノ酸が入った人工タンパク質を作るようなことができるようになっています。使うアミノ酸が20種類より多くたっていいんです。また、同じようなセントラルドグマを持っていたとしても、地球生命の遺伝暗号表と同じとは限りませんよね。それが同じだったら、むしろ起源が同じなのかもしれないと考えなければならないでしょう。そして、それ以上に想定外のことが起きたら、それはもう、うれしいですよ。間違っててよかったなって思いますよね。本当に。どんなものにせよ、地球外の生命の発見は自分が生きている間に実現すると信じています」

これについては、本当にぼくも同じ思いだ。できれば、自分が生きている間に、違う天体の生命が見つかったというニュースを聞きたい。その際、見つかった生命が、地球のものに似ていても、違っていても、どちらにしてもうれしい。

※天体の間で起きる重力作用(潮汐力)により内部で摩擦熱が発生する現象

そして、異星で生命が見つかった! と分かったその瞬間、大いに達成感があると同時に、自分の中の世界に対する心持ちのようなものが変わる気がする。それが本当に微生物のように小さなものだったとしても、ものすごいインパクトがある。

藤島さんものこの点に大いに同意する。

「人間社会の全ての分野に大きな影響があると思っています。結局、生命っていうのは、人間も生命そのものなので、我々以外に生命がいたってことが分かった瞬間に、つまり太陽系内で2種類違う生命体が見つかった瞬間に、恐らくこの宇宙は生命であふれかえっているという意識になりますよね。宇宙が暗くて寂しいようなイメージだったのに、すごく彩りのある、にぎやかな、さまざまな生命の可能性にあふれている場所に変わるので、そこのパラダイムシフトっていうのは大きいと思いますね」

本当にそうだ。ぼくたちが住んでいるこの世界、この宇宙そのもののイメージが根本的に変わる。これまで、だだっぴろい砂漠のような宇宙に地球生命がポツンといるだけだったのが、いきなりまわりに様々な生き物の賑わいが登場して「うわーっ」と声を上げたくなるような違いが生まれる。

「つまり、宇宙観、生命観が大きく変わります。我々が特別な存在であったと思っている人がいるとしたら、そうじゃなくなったということです。ある意味、我々を外から客観的に見られるような、そういう意識を持つことにもつながるんじゃないでしょうか。僕が、ひとつ起きてほしい未来として思っているのは、地球上の戦争がなくなってほしいなってことなんですよね。つまり、今は人間同士で、例えば肌や目の色の違いとか文化の違い、生まれたところの違いみたいな、生命の多様性の枠で考えれば本当に些細な違いで争いを起こしたりしてるわけですよね。あるいはこの地球上にあるリソースをいかに取り合うかっていうところで争っているわけです。それって人間のエネルギーの使い方としては最も不毛だと思うんです。でも、そこからポッと離れたところに別の生命という点が打たれたとすると、『あれ、おれたちこんなところで何やってたんだろう』っていう、そういうものの見方になるかも、と思うんです。だから、ある意味、宇宙生物学っていうのは地球の平和にもつながるような学問かなと思っています。宇宙生命が見つかることで、人間の目が地球の外に向くと」

生命の起源について考え、枠組みが地球を超えて宇宙に広がったところで、いつの間にか世界平和、地球の平和の話になってしまった。

楽観的すぎるかもしれない? そうかもしれない。

しかし、宇宙生物学はそれだけのインパクトを秘めた研究分野であることだけは間違いない。

=文 川端裕人、写真 内海裕之

(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2019年3月に公開された記事を転載)

藤島皓介(ふじしま こうすけ)
1982年、東京都生まれ。東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)「ファーストロジック・アストロバイオロジー寄付プログラム」特任准教授、慶應義塾大学 政策・メディア研究科特任准教授を兼任。2005年、慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、2009年、同大学大学院政策・メディア研究科博士課程早期修了。日本学術振興会海外特別研究員、NASA エイムズ研究センター研究員、ELSI EONポスドク、ELSI研究員などを経て、2019年4月より現職。
川端裕人(かわばた ひろと)
1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、『青い海の宇宙港 春夏篇』『青い海の宇宙港 秋冬篇』(ハヤカワ文庫JA)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその"サイドB"としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた近著『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。近著は、世界の動物園のお手本と評されるニューヨーク、ブロンクス動物園の展示部門をけん引する日本人デザイナー、本田公夫との共著『動物園から未来を変える』(亜紀書房)。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。

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