社員の起業促せる不思議 ハーバードが見たリクルートハーバードビジネススクール教授 シカール・ゴーシュ氏(上)

2つめが、リクルートのビジョンを体現している人事プロセスです。スタートアップ企業の創業者や経営者は、通常、「社会を変える」とか「よりよい世界をつくる」とか、大きなビジョンを掲げ、社員はそこに到達するために貢献することが求められます。ところがリクルートのビジョンは社員中心です。「私たちのビジョンは一人ひとりが、自分に素直に、自分で決める、自分らしい人生を送ることだ」と明言しています。

そのため、リクルートは、社員が他社に転職したり、起業したりするのを奨励しています。社員が「リクルートでは自分のキャリアゴールが達成できないから退職したい」と申し出たら、会社に利益をもたらしている優秀な社員でさえも喜んで送り出します。この人事プロセスを知ったとき、本当に驚きました。私はアメリカの革新的な起業をたくさん知っていますが、このような人事制度を維持している企業を見たことがありません。

3つめが、日本国内で成功したシステムを買収した外国企業に導入していないことです。買収後も人事管理に介入せずに、それぞれの会社にまかせる戦略をとっています。

リクルートはインディード、トリートウェルなど、外国の企業を積極的に買収していますが、企業文化も人事システムも各会社の自主性にまかせています。一般的にアメリカのスタートアップ企業は買収した企業を同化しようとしますが、リクルートはそのような方針をとっていません。

リクルートの人的資本管理システムは、私が知るすべてのスタートアップ企業のシステムとは根本的に異なるものです。

起業家が背負うリスク、大きすぎる日本

佐藤智恵(さとう・ちえ) 1992年東京大学教養学部卒業。2001年コロンビア大学経営大学院修了(MBA)。NHK、ボストンコンサルティンググループなどを経て、12年、作家・コンサルタントとして独立。「ハーバードでいちばん人気の国・日本」など著書多数。日本ユニシス社外取締役。

佐藤 ハーバードビジネススクールの起業論の授業で日本企業が取り上げられる機会はほとんどない、とのことですが、日本から世界を席巻するようなスタートアップ企業が生まれにくい要因は何だと分析していますか。

ゴーシュ 日本で起業家になるのは簡単なことではないからではないでしょうか。日本は組織に属していないと生きづらい管理社会ですし、日本企業は終身雇用制を維持していますから雇用の流動性も低い。起業家になるにはある程度の失敗を覚悟しなければなりませんが、日本はアメリカに比べると起業家が背負う社会的リスク、金銭的リスクが大きすぎると思います。しかしながら、リクルートの事例を見てみれば、必ずしもそうとはいいきれないことを示しています。

佐藤 18年、MBAプログラムの起業論の授業でリクルートの事例をとりあげました。どのようなテーマで議論しましたか。

ゴーシュ MBAプログラムでは選択科目「ファウンダーズ・ジャーニー(創業者の道のり)」でリクルートの事例を教えました。この授業は、起業家が直面する問題を「創業→規模拡大→エグジット」という3つのフェーズにわけて学んでいきます。特に私が焦点をあてているのが人事、採用など人間に関わる側面で、リクルートの事例は、「規模拡大」を学ぶ回で取り上げました。

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