多くの起業家は、知見のない分野、専門ではない分野で起業して、新しいビジネスを生み出すことに成功しています。トラビス・カラニック氏はタクシービジネスを営んでいたわけではないですし、イーロン・マスク氏も自動車メーカーの出身ではありません。彼らは専門家ではいから、常識を疑い、新しいビジネスを創造することができたのです。

アメリカでは、こうしたスタートアップ企業のおかげで、多くの変革が起こっています。その1つが雇用の創出です。現在、既存の中小企業や大企業は、それほど新しい雇用を創出していません。今、多くの雇用はスタートアップ企業が大企業へと成長する過程で生み出されているのです。

佐藤智恵(さとう・ちえ) 1992年東京大学教養学部卒業。2001年コロンビア大学経営大学院修了(MBA)。NHK、ボストンコンサルティンググループなどを経て、12年、作家・コンサルタントとして独立。「ハーバードでいちばん人気の国・日本」など著書多数。日本ユニシス社外取締役。

佐藤 ゴーシュ教授は起業家として成功されていますが、社会のルールを破るようなことはしていません。社会のルールまで犯してしまう起業家は、普通の起業家とどう違うのでしょうか。

ゴーシュ 彼らは、よくも悪くも普通の人よりも「破壊的すぎる」のです。私は起業家が直面する失敗は3つある、と授業で教えています。

1つめが建設的な失敗。新しいビジネスアイデアが浮かんだので、起業した。いくつか試作品をつくり、市場に出してみたが、うまくいかなかったので、会社をたたむことにした――このような失敗は、次につながりますから、建設的な失敗です。結果的に起業家と投資家の損失を最小限に食い止めることになるからです。

2つめが一般的な失敗。良いアイデアだと思って起業したけれども、その後、競合が10社も出てきて、後発の企業に負けてしまった――こうした失敗もまた避けられない失敗であり、次のチャンスが与えられます。

そして3つめが破壊的な失敗。起業家が社会のルールや規範を破ったり、非道徳的な行動をとってしまったりすることです。これは起業家自身の信用も、会社の信用も何もかも破壊してしまいますので、再起が難しい失敗です。

では、3つめの破壊的な失敗をおかす起業家とおかさない起業家の違いは何か。私を含め、常識的な起業家は、何があっても善悪の境界線を越えないのです。状況に応じて「ここは常識を破ってもいいけれども、ここは絶対にダメだ」と判断しています。

ところがこれは破壊的な起業家にとっては難しいことです。起業家が新しいビジネスで成功すると、「あなたは業界の常識を破って、すばらしいビジネスを創出した」とか、「あなたは業界の壁をとりはらい、業界に革命を起こした」とか、やたらと世間からちやほやされます。すると、どんなときでも「常識を破る」ことがかっこいいことだ、と勘違いしてしまうのです。この勘違いが様々な社会的な事件を起こしてしまう要因となっています。

佐藤 19年夏、就職情報サイト「リクナビ」を運営するリクルートキャリアが、学生の内定辞退率を企業に販売していた問題は大きな波紋を広げました。日本国内では「リクルート事件」を起こしたリクルートが、また問題を起こした、という目で見られたことも事実です。「リクナビ問題」の要因は何だと思いますか。

リクナビ問題は内部統制の問題

ゴーシュ 「リクナビ問題」の要因は、「リクルート事件」の要因とは根本的に異なると思います。「リクナビ問題」の構図は、リクルートの子会社が個人情報保護法に違反して学生のデータを販売していたというものです。これはグループ企業に対する内部統制の問題です。本来であれば本社が中央集権的にコントロールするべき法律問題を、コントロールできていなかったことに原因があります。

一般的に、大企業であれば、たいてい法務や財務の専門家がどの部門にもいて、法律違反がないかどうか、きっちり管理されています。ところがリクルートは大企業でありながらも、スタートアップ企業と同じような企業文化を維持し、それで成長してきた会社です。

リクルートには「自主性を重んじた社風」があり、社員は「自分がどうしたいか」を考えて行動します。それゆえ、内部統制が行き届かないというスタートアップ企業と同じジレンマを抱えているのです。リクルートにとっての課題は中央集権と現場分権のバランスをとることですが、これはとても難しいことだと理解しています。

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個人データの安全管理問題を解決するリーダーめざせ
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