ノロ感染と誤解 我慢してはダメな危険な下痢・吐き気
ノロウイルスをはじめとしたウイルスの感染によって起こるウイルス性胃腸炎。吐き気や腹痛に加え、激しい下痢が起こるが、放っておいても自然に治る病気なのであわてることはない(前回記事「ノロに感染? 急な下痢、受診の見極め方と対処法」参照)。しかしときには、ウイルス性胃腸炎とは似て非なる病気ということもある。前回に続き、感染症に詳しい総合診療医・感染症医の岸田直樹さんに、放置してはいけない「危険な下痢・吐き気・腹痛」を聞いた。
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岸田さんによると、ノロウイルスなどで起こるウイルス性胃腸炎は「放っておいても自然に治る『おなかの風邪』」。抗菌薬はウイルスに効かないし、対症療法は症状を緩和するだけなので、あえて医療機関を受診する必要はないという。特に「下痢・吐き気・腹痛」の3症状がそろっているとき、水っぽい下痢が出るときはウイルス性胃腸炎の可能性が高いので安心していい(詳しくは前回記事「ノロに感染? 急な下痢、受診の見極め方と対処法」をご覧ください)。
しかし、一見ノロウイルスなどのウイルス性胃腸炎に見えても、医療機関に行った方がいいケースもある。ときには深刻な病気が隠れていることだってある。そこで今回は、受診すべき「危険な下痢・吐き気・腹痛」とはどんなものか、岸田さんに具体例を挙げてもらった。
(1)黒色便・血便が出る
下痢はウイルス性胃腸炎の代表的な症状だが、その「色」には注意する必要がある。血が混じっている便や真っ黒な便が出ている場合、軽く考えない方がいい。消化管から出血している可能性が高いからだ。
「はっきりと血の色が見える血便は小腸や大腸からの出血、黒い便は胃や十二指腸など上部の消化管から出血していると起こります。血液が降りてくる間に長時間胃酸や酵素、腸内細菌などに触れることで黒くなるのです。いずれにせよ、消化管から出血している可能性が高いので、ただのウイルス性胃腸炎ではない。すぐに受診するべきです」(岸田さん)
(2)吐き気だけが24時間以上続いている
ウイルス性胃腸炎の特徴は「下痢・吐き気・腹痛」の3症状。中でも吐き気は真っ先に表れる症状で、続いて下痢が起こるようになる。
「ウイルス性胃腸炎であれば、通常、吐き気は24時間程度でピークを超えて治まってきます。したがって24時間以上たっても吐き気だけで、下痢を伴わない場合はウイルス性胃腸炎にしてはおかしい、ということになります」(岸田さん)
吐き気は多くの病気で表れる症状だが、吐き気だけのとき可能性が高いのは脳梗塞や脳出血、くも膜下出血といった脳血管障害だ。女性の場合、妊娠ということも意外に多い。
「飲食をした後でもないのに血が混じるほど強い嘔吐(おうと)をした、頭痛を伴う、という場合はさらに脳血管障害の可能性が高くなります。急性虫垂炎は後で説明するように右の下腹部の痛みが特徴ですが、最初は吐き気とみぞおちの痛みが見られます。また、心筋梗塞では胸の痛みを伴う吐き気が見られますが、心臓の下のほうは胃に近いため、胃の痛みと間違われることがあり注意が必要です。ただし、心筋梗塞では下痢は見られません」(岸田さん)
(3)右の下腹部が痛い
ウイルス性胃腸炎と間違われやすい病気に「虫垂炎」がある。いわゆる盲腸だ。その場合、虫垂がある右の下腹部に強い痛みを感じる。
「虫垂炎はありふれた病気ですが、気付かずに重篤になってしまうことも多い。初期はおなか全体が痛い感じがして、腹痛が出てから12時間くらいすると右下腹部にピンポイントで痛みを感じるようになります」(岸田さん)
初期は吐き気も感じるし、下痢をすることもあるという。右下腹部に痛みが出てきたら、こじらせる前に受診しよう。
(4)歩行時の振動や咳で腹痛がひどくなる
歩くときの振動や咳によって腹痛がひどくなる場合、「腹膜炎」を起こしている可能性がある。腹膜炎とは腹膜が細菌に感染して炎症を起こした状態で、消化管に穴が開くことや、虫垂炎などが原因で引き起こされる。
「ちょっとした振動がおなかに響き、腹痛がひどくなるのが腹膜炎の特徴。これは炎症の程度がかなり強いことを示していて、通常のウイルス性胃腸炎ならこのような症状は表れません」(岸田さん)
放っておくと命にかかわる。すぐに受診してほしい。
(5)突然、またはピンポイントの腹痛
腹痛の中でも、突然強い腹痛が始まったときは危険だ。「突然の腹痛は、詰まった、ねじれた、破れた、といった可能性が考えられます」と岸田さんは指摘する。
まず、「詰まった」というのは胆石や尿管結石が尿管や胆管に詰まる、あるいは血管が詰まるなど。「ねじれた」は腸捻転のことで、放っておくとねじれた部分が壊死してしまう。「破れた」は胃潰瘍穿孔や大腸穿孔のように消化管に穴が開くこともあるし、大動脈瘤破裂のように血管が破ける場合もある。
「『突然か』と聞かれると悩んでしまう患者さんもいるのですが、『何をしているとき起こったか』と聞かれて明確に答えられれば当てはまります。詰まった、ねじれた、破れた、はいずれも医療機関での処置が必要になる。放置してはいけません」(岸田さん)
また、虫垂炎で右下腹部が痛くなるように、どこか一点がピンポイントで痛む腹痛は要注意だ。この場合もやはり「詰まった、ねじれた、破けた」可能性があるという。
(6)心拍数や血圧に変化が見られる腹痛
前回記事「ノロに感染? 急な下痢、受診の見極め方と対処法」で、強い脱水によって心拍数が上がり、血圧が下がることに触れた。脱水によって血液の量が減るので、心臓が送り出す血液量と血圧が下がり、回数でカバーしようとして心拍数が増えるのだという。「1分間の心拍数が120以上ある」「収縮期血圧(上の血圧)が普段より20mmHg以上低い」ときは深刻な脱水を起こしていると考えられる。
「これは脱水だけでなく、出血がひどい場合も起こります。血液量が減ることで心拍数や血圧が変化するのです」(岸田さん)
腹痛に加え、心拍数や収縮期血圧に前述の変化が見られたら内臓のどこかが破れて出血している可能性があるという。低血圧の人にしばしば見られる現象として、心拍数が120未満でも収縮期血圧より高くなっているのも異常事態。例えば心拍数が110、収縮期血圧が100の場合などは「バイタルの逆転」と呼ばれ、同じく内臓が出血している可能性が高い。
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以上が放置するべきではない「危険な下痢・吐き気・腹痛」の主な兆候だ。このような症状が見られたら、手遅れにならないうちに医療機関に行こう。
ここまではっきりしなくても、「大丈夫だろうか?」と心配になる場合もあるだろう。受診すべきかどうか判断がつかないときは「医療機関に行く前に、まずは薬局・ドラッグストアの薬剤師に相談してみるのも一つの方法かもしれません」と岸田さんはアドバイスする。
(ライター 伊藤和弘)
総合診療医、感染症医、感染症コンサルタント、公衆衛生学修士(MPH)、北海道科学大学薬学部客員教授、一般社団法人Sapporo Medical Academy代表理事。2002年旭川医科大学卒業。手稲渓仁会病院総合内科・感染症科チーフ兼感染対策室長などを経て14年よりSapporo Medical Academy代表理事。日本内科学会総合内科専門医。日本感染症学会専門医・指導医。著書に『誰も教えてくれなかった「風邪」の診かた 重篤な疾患を見極める!』(医学書院)など。
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