佐藤 終身雇用制を採用している企業が多い日本において、リクルートは「典型的な日本企業ではない」と見られています。サッチャー教授はどのように分析していますか。
「個人の幸せ」のために会社は何をすればいいのか

サッチャー もし私が伝統的な日本企業の経営者だったら、「リクルートの経営手法は独特で、私たちの経営手法とは違う」と思うでしょう。日本企業では、定年まで勤めてもらうことを前提で社員を採用しますし、「離職率が低い企業ほど優良企業だ」という認識があります。経営者は「一度雇った社員の生活を生涯保障する責任がある」と考えているため、会社が期待するような結果を残せない社員がいても、その人に適した仕事を社内で探して、定年まで働いてもらおうとします。
多くの日本企業の社是には社会貢献があります。「社員を思いやる、社会を思いやることこそが企業の使命である」という考え方が根幹にあります。それはリクルートも同じです。しかし、一般的な日本企業との違いは、「個人の幸せ」を追求するために会社は何をすればいいのか、についてもう少し踏み込んで考えていることです。
リクルートがめざしているのは「新しい価値の創造」「個の尊重」「社会への貢献」です。「個の尊重」を掲げているところが他の日本企業とは異なるところです。
リクルートの経営陣は「世界は独自の才能がある人たちであふれており、その才能を開花させるのが企業の役割だ」と考えています。そのためリクルートの社員は、年齢、性別、国籍にかかわらず、新しいビジネスアイデアを提案し、実現することができます。さらに一人ひとりに大きな裁量が与えられているため、早い段階で経営の経験を積むことができます。社内だけではなく社外でも通用するスキルを身につけることが、その人にとっての幸せにつながるからです。
「リクルートにいる間は存分にスキルを磨いてください。社外で起業したかったら、会社は実現できるように応援します」という人事制度は、とても人間的で思いやりのある制度だと思います。なぜならこのシステムは、人間の選択の自由を尊重しているからです。「就職した会社で思うように活躍できない」「会社の風土に合わない」と感じている人にとって、必ずしも同じ会社で働き続けることが幸せであるとは限りません。
佐藤 教材のタイトルに「ドリームマシン(夢の実現装置)」という言葉を入れたのはなぜですか。
サッチャー リクルートという会社の本質を伝えるにはどういう言葉がよいか、と考えたときに「ドリームマシン」と言葉が浮かびました。クライアント企業と消費者をマッチングするプラットフォームを提供し、双方の夢を実現する手助けをする。さらには、社員が個人の夢を実現する手助けをする。リクルートに関係する人々の夢を実現する場所、夢を製造する場所、という意味で「ドリームマシン」とつけました。