私がマッチングアプリをやめた理由 恋愛の効率って何
「パートナーは欲しいけど、出会いがない」――。そんな人にとって、マッチングアプリの普及はうれしい社会現象。マッチングアプリを使えば、リアル社会で探し回るよりも早く、好みの相手を見つけられるかもしれません。けれども、恋愛における「効率」って、一体何なのでしょう。ジェンダーや多様性といった社会的イシューを中心に取材・執筆を進めるライターのニシブマリエさんが自身の体験を基に「マッチングアプリをやめた理由」をつづります。
「私、今年中に着床を目指すわ」
ある年の暮れ、数々の合コンを共にしてきた戦友がこう宣言した。
お付き合いも結婚もすっとばして、着床(受精卵が子宮内膜に落ち着くこと)を目標にする友人の大胆さにほれた。素晴らしい、ぜひ何人でも産んでおくれ。問題は、あなたに今パートナーがいないこと……かな。
一人で頑張るのは心細いという彼女の「着床大作戦」に巻き込まれる形で、私はマッチングアプリの門をたたいた。
「出会い」に対する考え方がアップデートされた
数年前まで、私は合コンガールだった。これまでに参戦した合コンは推定100回を超える。
おそらく「女芸人枠」だった私は、合コンで重宝された。すました顔して想像の斜め上を行く下ネタをぶちこんだり、カラオケでジュディ・オングの『魅せられて』を情緒たっぷりに歌い上げたりして、ドッカーンとみんなの笑いを誘うと、延長試合を終えた選手のようにやれやれと一人帰路につく。
その後、女子のLINEグループで繰り広げられる「答え合わせ」では、みんなが性格の悪さを思い思いに発揮していて、それぞれが隠し持った気持ちを一時的に解放させては共犯関係を楽しんだ。
そういう意味で、私にとって合コンは出会いの場というより一種のアクティビティーだった。女友達が絆を深めるために行く、ディズニーランドのような。あるいは惰性で食べてしまう、深夜のラーメンのような。
だから、マッチングアプリは画期的だった。わざわざ汚れ役を買わなくても、初めから恋愛前提で出会えるので、なんというか、話が早かった。
始める前、マッチングアプリは悪いイメージがあった。けれども予想に反して、そこにいたのは普通のナイスガイたちだった。出会いに対する考え方が30歳を目前にみるみるアップデートされていくのを感じた。
しかしほどなくして、私はマッチングアプリをやめた。彼氏ができたからではない。すてきな男性にはたくさん出会えたが、なんかもう続けられなかった。
続けていると、自分のことを嫌いになりそうだったから。なりたくない自分になっていく気がしたから。
【理由1】人をラベルで見るようになる
私が使っていたマッチングアプリは、一覧画面から「顔写真、年齢、職業、年収、居住地、学歴」が分かるようになっている。だからどうしても目に入ってしまうのだ。顔が、職業が、年収が。
彼らと何のストーリーも共有していないフラットな状態で、一般人とジャニーズが並んだら、そらジャニーズをかっこいいと思うだろう。年収400万円と年収1200万円が並んだら、そら1200万円を魅力的に思うだろう。
リアルで出会うならば、私はその人の「生きざま」に恋をする。美醜や、年収ではない。その人が持つ情熱や紡ぐ言葉、自他への優しさや厳しさ、社会を見つめるまなざしに恋をする(顔の好みはリアルの出会いでも多少影響するが、最優先ではない)。
例えば好きになった人に離婚歴があったり、精神疾患があったり、リストラに遭っていたとしても、私なら「でも好きになっちゃったし。それも含めてあなただもんね」と考えようとするはずだ。人は誰しも何かを抱えているし、私にも人に知られたくない弱い部分があるからお互いさまだ。
プラスを知っていれば、マイナスも飲み込める。でもマッチングアプリでは、「マイナス」を打ち消す「プラス」が見えづらい。プラスは一緒に時間を共にしながら、その人を好きになる過程の中で見えてくるもの、そしてゆっくり自分の中で育まれていくものだから。
普段、ライターとして「人をラベルで見てはいけません」などという記事を書いているのに、いざ実生活となると、将来有望なグッドルッキングガイを選びたくなっている自分が許せなかった。単にアプリのUI(ユーザーインターフェース)のせいなのか、人をジャッジする潜在意識のせいなのかは分からないが、なりたくない自分に向かっていることだけは分かった。これが理由の一つ目だ。
【理由2】仕事のように、効率を求め始める
マッチングアプリの多くは、互いに「イイネ!」を送り合うことで、メッセージのやりとりが可能になる。マッチングすると、こんなやりとりから始まる。
「マッチングありがとうございます! 自分は○○といいます」
――こちらこそありがとうございます!私はマリエといいます。
「お仕事は何をされてるんですか?」
――フリーランスのライターです。○○さんは?
「××をしてします。フリーってかっこいいですね(^^)」
――フリーは楽しいですよ。××ってどんな仕事なんですか?
と、こんな具合だ。ほぼ同じやりとりを、マッチングした数だけやる。30回、いや50回くらいは同じやり取りを繰り返しただろうか。効率化が好きな私は、スマホの入力設定で「こ」と打つと「こちらこそありがとうございます!」と予測変換ができるようにし、「ふ」と打つと「フリーランスのライターをやっています」と出てくるように設定していた。
しかし私はそもそもテキストコミュニケーションがマメなタイプではなかったため、マッチングからデートに至るまでのやりとりが結構しんどかった。
例えば、相手から「そうなんですね!」とだけ返信がくると、(いやいや、クエスチョンマークで返そ。キャッチボールしよ)と内心イライラしたり、いつまでも会う予定を決めずダラダラメッセージのやりとりを続けていると、内なる声が「不毛……!」と叫び声を上げたり。しびれを切らしたように私から「で、いつ空いてます?」と尋ねたものだ。
なんなら、プロフィルの文章のままならなさにも萎えてしまう。リアルで出会っていれば、文章力なんてその人をジャッジする判断材料にもならないのに。なまじ文章を仕事にしていしまっているせいで、「てにをは」などの違和感に身体が過剰に反応し、赤字を入れたい衝動に駆られた。
――あるとき、はたと気付いた。完全に仕事モードになっていたのだ。「自分が付けたイイネ数」「デートに行った数」「2度目以降のデートの数」をKPI(重要業績評価指標)に、行動量を友人と報告し合う。初めてデートに行く相手を「ご新規」と呼び、2度目以降の相手を「既存」と呼んでいた。生身の人間との交流を定量データにしてしまうなんて、なんと失礼なことか。
考えてみたら、「効率の悪さ」こそが恋愛の醍醐味だ。2回目のデートに誘おうかな、ううん、やっぱり誘われるのを待ちたい、といった煮え切らなさ。気になる人のSNSをくまなくチェックしてしまうつれづれなる時間。それらの行動に「好き」という感情は染み出ていたはず。
効率を求める自分が、いかに嫌な女になっているかに気付いたとき、やめ時かもしれないなと思った。
【理由3】同時進行ゆえに、決めどころが謎
マッチングアプリでもう一つ困ったのは、チェックメイトまでの距離感がつかみづらいことだ。私が何人もの男性と同時にやりとりをしているのと同様に、先方も複数の女性と連絡を取っている。それゆえに、デートで互いに好感を持ったとしても、関係を進めるとなると探り探りになるのだ。
感覚としては、トランプの「7」を手にしたときに近いかもしれない。「7」を切ったら、次に「13(キング)」などの絵柄が来るかもしれないが、「3」が来て後悔する可能性もある。そこでどのような判断をするか、ちょっとした賭けなのだ。
ある時、デートをして私に好意を伝えてくれた相手が、帰宅後アプリにログインしたようで、しばらくの間「オンライン」と表示されていた。私は「さっき告白してくれた相手が、まだまだ新規開拓をしている」ことを悟り、ズッコケた。彼にとっても、私は「7」だったのね……。
私なら相手に同じ思いはさせまいと、一度プライベートの連絡先を交換した相手は、片っ端からマッチングアプリ上でブロックした。そうすれば、私がまだ継続していることがバレなくて済むからね。
……いやいやいや、これは「浮気はバレなきゃ浮気じゃない」理論と同じくらい、常習犯のやり口やって~~~!とセルフツッコミした。
クロージングが至難。マッチングアプリが嫌になった3つ目の理由だ。
私には合わなかった、でも応援したいサービス
私は嫌な女かもしれない。それでも、少なくとも、嫌な女化していく自分にあらがいたい。ものを選ぶかのように、パートナーを選びたくない。
だから、やめた。
「考えすぎだ」と言う人もいるだろう。私たちはみんなラベルの中に生きていて、私がこれまで選ばれてきたのも、もしかしたら私が持つ何らかのラベルが、元カレたちの背中を押してくれたのかもしれない。ラベルをきっかけに知り合ったとて、そこから深く知っていけばいいじゃない。ラベルは悪いことばっかりじゃない。
でも私は、その人の生きざまや思想を初めに知りたい。その人がどれだけ成功していて、どんな車に乗っていて、どんなうまそうな寿司を食べているかという情報より、愛読書は何か、どんなふうに笑うか、バスの運転手さんに「ありがとう」と言えるかを知りたい。アプリの中でじゃなくて、生活の中で知りたいのだ。効率なんていらないから、スローペースに。
なお「着床大作戦」を推進中の友人は、昨年、彼氏ができ関係を育んでいる。目標は、「着床」から「入籍」に下方修正したそうだが。お相手はマッチングアプリ経由ではなかったが、マッチングアプリが彼女の恋愛モードに火を付けたことは間違いないだろう。
世にあまたあるマッチングアプリよ、これからも数多くの縁結びを頼んだぞ。私は私のやり方で行くからさ。
ライター/広報PR。青山学院大学英米文学科を卒業後、大手人材情報会社の営業と広報を経験。「広報もやりたいけど、ライターもやりたい。そもそも何をするかは自分で決めたい」と思い立ちフリーランスに。現在は、企業の広報支援をしながら、HRなどのビジネス領域と、ジェンダーや多様性といった社会的イシューを中心に取材・執筆を行っている。趣味は、海外一人旅と写真と語学。グローバルインタビュアーを目指して、コーチング英会話「TORAIZ」にて英語の特訓中。
(文 ニシブマリエ、構成 浜田寛子=日経doors編集部)
[日経ARIA 2019年7月19日付の掲載記事を基に再構成]
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