人事IT化のプロが日立で挑む 業績上げる仕組みとは
日立製作所人財統括本部 大和田順子さん(上)
人事領域で最新テクノロジーを活用して、効果的な施策の実現や課題解決に役立てる「HRテック」が注目を集めている。多くの人事データがありながら活用されていない日本で、どのようなアプローチが働く人と経営に役立つのだろうか。日立製作所では情報・通信システム事業部門を中心とした社内での導入・活用事例を基に、ユーザー企業にHRテックのシステムやノウハウを提供している。システムと運用の実際について、同社の大和田順子氏に聞いた。
個人に対応可能な人事システムが必要な時代
白河桃子さん(以下敬称略) 御社は独自に開発したサーベイが、2018年に第3回HRテクノロジー大賞を受賞され、社内外での運用を続けているそうですね。一口に「HRテック」と言っても、いろいろなレベルがあるのだと思いますが、御社で開発してきたシステムはどのような領域でしょうか。
大和田順子さん(敬称略) HRテックは大きく分けて2つあります。1つは、人事の業務プロセスをデジタル化するもの。目標管理や評価、人事異動や配置といった業務に関わる膨大な情報をデジタル化して業務効率を上げるサービスですね。この領域は、もともと当社が得意にしてきたものでした。
もう1つは、データ分析によって人事を根本から変えていくというもの。例えば、アマゾンなんかで本を買うと、よく似た本が推奨される表示が出たり、「まるでどこかで私を見ているの?」と思ったりするようなことがありますよね。こういった1to1のシステムはマーケティングの世界ではかなり先行しているのですが、人事の世界ではまだ浸透していません。例えば研修でも新人研修やリーダー研修のように、階層別や機能別といった一定のマスで従業員を捉えた人事施策になっていて、個別の対応は遅れていたんですね。
一方、米国では「エンプロイー・エクスペリエンス」と呼ばれる従業員が職場で何をどう感じているかにフォーカスし、一人ひとりがあたかも個別に対応されていると感じるような人事施策を、データ分析から実現することがテクノロジーで可能になってきた。それがHRテックで、従業員の期待感も徐々に高まってきていると言われています。
白河 買い物で自分の情報が把握されるのは抵抗がある人もいます。でも「会社が自分をしっかり見てくれていて、評価や配属の決定にも生かされている」と思えることは、逆に安心感につながるのでしょうか。
大和田 おっしゃるとおりです。「会社は自分のことをよく理解してくれている」「この会社は自分にとって居心地がいい場所だ」と感じることが、モチベーションの維持・向上やリテンション(人材のつなぎとめ)にプラスに働きます。ただし、やり方を間違えると、「表面的な理解しかしてくれない」といった失望や、「情報をちゃんと扱ってくれているんだろうか」といった不安を生んだりしかねません。
会社が従業員の情報を適切に管理し、例えば希望があればいつでも開示できるような安全性の担保を約束する姿勢を示すことなどもセットで重要になります。当社で開発したサービスは、「生産性」と「配置配属」について測定する2種類のサーベイですが、いずれも従業員本人が自分の生産性や今いる部署へのフィット感をチェックすることを目的にしたものです。回答は任意で、設問が始まる前に「回答に同意する・しない」を選択できるようになっています。
役職:日立製作所 人財統括本部 システム&サービス人事総務本部 ヒューマンキャピタルマネジメント事業推進センタ ピープルアナリティクスラボ エバンジェリスト
略歴:ロンドン大学MBA、筑波大学カウンセリング修士、ロジスティクス経営士。日本電信電話を経て、2001年リクルートグループへ。リクルートマネジメントソリューションズ執行役員、リクルートキャリア執行役員、フェローを歴任する。17年に日立製作所に入社
最初はNTTに就職、リクルートへ転職
白河 2つのサーベイについて詳しく伺う前に、大和田さんご自身のキャリアについても聞かせてください。前職がリクルートで、その頃私をリクルートの25歳研修の講師に呼んでくださった。大和田さんが人事分野のプロというのは知っていますが、ITにも強いのは初耳でした。リクルートと日立は社風がまったく違う印象です。HRテックに携わるようになった経緯は?
大和田 実は最初に就職したのはNTTだったんです。入社してからは、支店の経営企画室、支社広報部、本社国際部、人事部などに異動をして多様な経験を積むことができ、ロンドン大学に留学もさせていただきました。留学から帰国後には、営業側からシステム開発に携わる仕事をさせていただき、お客様の課題解決にトータルで関われる役割にとてもやりがいを感じていました。
一方で、キャリアパスに悩んでいた時に、「システムをやっているんだったら、うちで人事系のシステム開発に力を入れているからおいでよ」と誘っていただいたのがリクルートだったんです。2001年のことですね。最初は人事ソリューションを扱う人事測定研究所に、後にリクルートキャリアで、合わせて17年間、システム開発を含めた仕事に携わるようになりました。
白河 そこでHRテックを追究するキャリアが始まったのですね。
大和田 はい。当時はHRテックという言葉はありませんでしたが、例えば、360度評価を測定するシステム、マークシート方式だった採用テストをテストセンターという会場でパソコンを使って受けられるようにしたシステム、採用する人材要件を決める手続きを実装したシステムなど。いずれも、人事領域においてどういうコンテンツが必要とされているのか、お客様にどう使われていくのかを緻密に議論して作る経験を積み重ねてきました。
白河 さらに、心理学の修士を取得されたと聞いていますよ。
大和田 もともとNTT時代にロンドン大学の経営学修士(MBA)でマネジメントを学んだ経験はあったのですが、高度な人事サービスを設計するとなると、より専門的な心理学的知見が必要になると感じたんですね。優秀な部下と一緒に仕事をしていくためにも、自分が勉強しなければと、働きながら筑波大学の社会人大学院に通いました。
白河 心理学の知見を磨いたことは、HRテックの開発に非常に役立ったと感じますか。ITを使うにしても心理学の尺度などを使って設計をするのだそうですね。
大和田 そうですね。リクルートでは、プロダクト開発からお客様に届けるまで、最後は採用アセスメント事業全体を見るところまで任せていただきました。
白河 執行役員としてご活躍でしたね。そのまま経営陣になるのかと……。
大和田 リクルートは平均年齢が若いことで有名ですが、私が執行役員になって6年目、50歳になった時にふと気づけば執行役員の中で最年長になっていたんです。そろそろ辞め時かなと、心を決め、その後1年間はフェローとしてアドバイザー的な役割をいただいていました。ちょうどその頃、日立の情報・通信システム事業部門の最高人事責任者(CHRO)と知り合う機会があり、「日立の人事部として、社会にも役立つ新しいサービスを生み出したいと思っている。一緒に面白いチャレンジをやってみませんか」と誘っていただいて。私は面白そうなことが大好きなので(笑)、ぜひお手伝いしたいとお返事しました。
白河 日立という会社は大赤字から経営を刷新した経緯があり、どんどん新しいものにチャレンジしていこうという機運が高まっていたのでしょうね。
大和田 日立はもともとハードウエアの開発で成長してきた会社ですが、ハードウエアは厳しい価格破壊が加速しており、「モノからコトへ」とソフトで価値を出していく戦略を加速させています。HRテックを本格的に開発していこうという流れの中に、私はちょうど入ることができたわけです。
2つのサーベイで業績を上げる
白河 なるほど。つながりました! では、あらためて、外部からも高評価を受けたHRテックがどういうものであったか、教えてください。
大和田 はい。17年4月に情報・通信システム事業部門の人事総務本部内に設置された「ピープルアナリティクスラボ」で開発したのが、「生産性サーベイ」と「配置・配属サーベイ」です。前提として、「すべての人事施策は業績に結びつかなければならない」という考えがあります。つまり、これらのサーベイを用いて、生産性と配置・配属フィット感をより高める工夫がなされることで、業績を上げることに資するという目的で開発しています。
実際、日立社内の組織ですでに2回の調査を終えて測定分析をした結果、業績のいいチームは生産性サーベイの結果も有意に高いことが分かりました。さらに、配置・配属サーベイのスコアが上がると、生産性サーベイのスコアも上がることはサーベイ開発段階のデータで分かっていたことですが、広く実証データも取れました。
白河 きれいに連動していたのですね。「すべての人事施策は業績に結びつかなければならない」というのは戦略人事という考え方ですね。
大和田 そうなんです。日立製作所の従業員の一部、延べ1万人のデータを元にして、「配置・配属のフィット感があれば生産性が上がり、生産性が上がれば業績が上がる」という図式が明確に表されました。
(来週公開の後編でシステムの分析内容、それを受けての人事施策などについて詳しくお伺いします。)
少子化ジャーナリスト・作家。相模女子大客員教授。内閣官房「働き方改革実現会議」有識者議員。東京生まれ、慶応義塾大学卒。著書に「妊活バイブル」(共著)、「『産む』と『働く』の教科書」(共著)、「御社の働き方改革、ここが間違ってます!残業削減で伸びるすごい会社」(PHP新書)など。「仕事、結婚、出産、学生のためのライフプラン講座」を大学等で行っている。最新刊は「ハラスメントの境界線」(中公新書ラクレ)。
(文:宮本恵理子、写真:吉村永)
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