手アイロン以外には考えられないシャツの「自然体」

ピケ帽とともに、小津安二郎のトレードマークとなっていたのがシャツです。多くは「オーミヤ」で仕立てさせていたようです。今に残されている写真からそのシャツ姿を見ると、映画同様「自然」そのものです。娘が嫁ぐ映画を多く撮影した小津安二郎は、自身は一度も結婚することなく、60年の人生を閉じています。ならばシャツの手入れはどうなさったのか。おそらくご自分でアイロンをかけたかと思われます。あのシャツの「自然体」は、手アイロン以外には考えられません。

スーツにあわせたシャツも襟のラインが美しい=共同

パリの名店「アルニス」といえば、そのサロンの顧客は「洒落(しゃれ)者紳士録」そのものです。イヴ・サンローランの自前のスーツもアルニス製でありました。私は70年代、ここのオーナーのジャン・グランベールにこう質問したことがあります。「ジャンさんのシャツは、どうやって手入れしているのですか?」。ジャン・グランベールはよくタブ・カラーのシャツを着ていたのですが、そのタブ・カラーが実になめらかに、「自然」に仕上がっていたからです。自然とは、スーツの中に、過不足なくとけ込んでいるということです。

「シャツはすべて家庭で洗濯して、自分でアイロンをかけるんだよ」。それがジャン・グランベールの答えでした。その頃の私といえば、当時は誰もがそうだったようにシャツの洗濯はクリーニング店任せ。ジャンの言葉が信じられませんでした。ところがジャンの兄、ミッシェル・グランベールも同じ答えでした。「洒落者はみんな自分でアイロンかけをしているよ」と。

私にとってのそれまでの「常識」が、ガラガラと音をたてて崩れた瞬間でありました。それ以降、今日に至るまで、シャツは家庭で洗い、自らの手でアイロンをかけることにしています。どうもそのほうが、「シャツの自然体」を保てるように思えるからです。

話は飛びますが、若き日の天皇陛下は、偶然のことながらヨーロッパの洒落者と同じことをなさっていたのであります。はるか昔、皇太子時代に英国のオックスフォード大学で2年半の留学生活を送られていたとき、シャツをランドリーで洗濯し、ご自分でアイロンをかけられていたというのです。

「私は入学直後に町でアイロンとアイロン台を買い入れ、アイロンのかけ方を警護官の一人から教わった。それほど難しくもなく覚えられ、留学中には自分の物はすべて自分でアイロンをかけた。オックスフォードならではの経験である。」(徳仁親王著「テムズとともに」)

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「アライブ・シャツ」と「デッド・シャツ」