長く続く咳、受診の目安は? 口腔ケアや加湿で予防
「咳(せき)」は、風邪のよくある症状の一つ。少しぐらい咳が続いていても「風邪が治っていないのかな」ぐらいで、そのまま放置することもあるだろう。では、2週間たっても咳が止まらない、人前で何度もせき込んでしまってつらい……。このような状況になったら、あなたならどうするだろうか。
●市販の咳止め薬を使ってやり過ごす
●風邪以外の病気ではないか? と疑い始める
●医療機関を受診する
と、さまざまな対応が考えられるが、どんな咳なら様子を見ても大きな問題はなく、どんな咳だと危ないのか。長引く咳の見分け方と対処法について、呼吸器専門医の大谷義夫さんに聞いた。
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長引く咳、どこまでが風邪?
→普通の風邪なら2週間以内で治まる
そもそも咳には、体の防御反応としての役割がある。気道に異物や病原菌が侵入すると、のどや気管にあるセンサーが感知しすぐに脳に伝え、咳を出させて異物や病原菌を外に吐き出そうとする。この反応が「咳反射」だ。咳には、異物を絡め取った痰(たん)を吐き出す働きもある。そうやって、咳はホコリや細菌、ウイルスなどから体を守っている。
だから、咳は本来悪いものではない。けれど「あまりにも長引く咳には、注意が必要。風邪の咳なら、通常2週間以上は続くことはないからです」と大谷さんは言う。
大谷さんによると、風邪の8~9割はウイルスによるもの。風邪のウイルスが体内で増殖できるのはせいぜい2週間程度で、放っておいても体の中で免疫機能が働いて徐々に治っていく。つまり、ウイルス性の風邪なら安静にしていれば2週間もあれば治ることが多い。一方、細菌による風邪は、ウイルス性の風邪に比べて症状が重くなったり、長引いたりすることがある(だが、ウイルス性と違って抗菌薬で良くなることが多い)。そのため、2週間以上続く咳の場合、風邪以外の疾患の可能性もある。
「風邪なら受診しなくて構いませんが、2週間以上長引く咳は、治療が必要になることもあります」(大谷さん)。2週間が一つの目安と覚えておこう。
長引く咳で考えられる病気は?
→患者数では「咳ぜんそく」が一番多い
では、どれくらい咳が続くとどんな病気が考えられるのか。下の図のように、咳は持続期間によって急性の咳と遷延性(長引く)の咳、慢性の咳の3つに分けられる。
「急性の咳(3週間未満)の場合、多くは風邪やインフルエンザ、急性気管支炎、肺炎などの感染症が原因。3週間以上続く遷延性の咳の場合、肺炎や副鼻腔(びくう)炎のこともありますが、一般的に咳が長引くほど感染症が原因であることは少なくなります。8週間以上は慢性の咳と判断され、咳ぜんそくや気管支ぜんそくなど他の病気の疑いが出てきます」と大谷さんは言う。
また、2週間以上咳が続く場合に考えられる病名として、最も割合が多いのが咳ぜんそく、次に副鼻腔炎(後鼻漏)、逆流性食道炎と続くという。「鼻の病気である副鼻腔炎(後鼻漏)では鼻汁がのどに流れることで、逆流性食道炎では逆流した胃液がのどや気道に刺激を与えることで、それぞれせき込む原因となることがあります。私のクリニックで診察していて受ける印象では、2週間以上続く咳の半数以上が咳ぜんそくです」(大谷さん)
咳の症状が出る病気には、ほかにも誤嚥(ごえん)性肺炎、肺がん、肺結核、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、マイコプラズマ、百日咳、アレルギー性鼻炎、心因性の咳など様々なものがある。中には重い病気もあるため、軽視は禁物だ。
受診のタイミングは?
→2週間以上続くなら放置せずに受診を
咳の持続期間のほかにも、病状を見分ける方法はあるのだろうか。
「一般的なウイルス性の風邪なら、鼻水や痰は透明、熱はあっても微熱程度です。細菌性の風邪では、平熱~微熱のこともあれば高熱が出ることもあり、緑色や黄色い痰が出たりします。眠れないほど咳が出る場合には、肺炎や感染力の強いマイコプラズマの可能性も。病気によって治療法が異なるので、やはり2週間を過ぎても咳が止まらなければ放置しないこと。医療機関を受診し、適切な検査と診断を受けましょう」と大谷さん。
ここまでをまとめると、咳の症状がある場合、風邪のようなら自然に治まるのを待つ(長くても2週間程度)。ただし、特につらい症状がある場合には、2週間を待たずに、症状に合った医療機関を受診するのがベターだと大谷さんはアドバイスする。例えば、のどが腫れてひどく痛い場合には、耳鼻咽喉科を受診するといった具合だ。主に咳がつらい、咳だけが長引いているなどの場合にはマスクをし、早めに呼吸器科や呼吸器内科を受診しよう。
長引く咳で一番多い「咳ぜんそく」はどんな病気?
→気管支ぜんそくの一歩手前の状態
咳ぜんそくは風邪をきっかけに発症したり悪化したりすることが多い。咳ぜんそくでは、気道の粘膜に炎症を起こし気道が少し狭くなっている。そのため、ホコリ、香り、湯気など普段はなんともないような刺激でも咳反射が起きてしまう。この原因には、アレルギー体質が関係していて、花粉症やアレルギー性鼻炎などを持つ人は咳ぜんそくを発症しやすい。ゼーゼーという音がしない、咳止め薬が効かないのが特徴だ。
咳ぜんそくは百日咳やマイコプラズマ、インフルエンザを契機に発症、悪化することもある。また、副鼻腔炎を合併しやすいので鼻症状にも注意が必要だ。
「医療機関での鑑別診断は必要ですが、熱も痰もなく、いつもの風邪より咳がつらい、ちょっとしたことでせき込むといった状態なら、咳ぜんそくの可能性が高い。2週間を待たずに医療機関を受診しましょう。咳ぜんそくになっても、早めに治療すれば低下した肺機能は元に戻ります。放置してしまうと約3割が気管支ぜんそくに発展し、完治するのが難しくなります」(大谷さん)
咳がつらいとき、止める方法はある?
→止めていい咳、止めないほうがいい咳がある
「咳は生体防御反応なので、本来、異物や病原菌を吐き出すための咳は、止めてはいけない咳です。正常な咳反射を保つには、のどの筋肉や呼吸筋を保つことが重要で、高齢になると、のどの機能が衰えて、度々むせるようになったり、誤嚥性肺炎のリスクが高まったりします。咳反射の機能を維持するには、音読、腹筋運動などが効果的です」と大谷さん。
一方、ぜんそく発作で起こる咳は体力を奪い、夜中に咳が続けば眠ることもままならなくなる。咳が止まらないと、周囲の人にも気を使って精神的にも疲れてしまう。そうした「咳疲れ」を招く発作のような咳は、できるだけ出さないようにしたい。
咳ぜんそくの場合は、吸入ステロイド薬などを使った治療のほかに「環境や生活習慣の見直しも大切」だと大谷さん。日ごろから、うがい・手洗い、マスクなどを活用し風邪を予防する、疲労やストレスをためない、高機能の空気清浄機を設置したり掃除をこまめにしたりしてアレルゲン(ホコリ、花粉、植物、ペットの毛)を減らすなど、工夫できることはいろいろある。
意外なところでは、口腔ケア(歯磨き)や鼻呼吸なども、咳の予防に有効。「歯磨きは咳の原因になる口内細菌を除去するのに重要で、インフルエンザ対策にもなります。なぜかというと、口腔内細菌から出るタンパクが、インフルエンザウイルスの気道への侵入・増殖を助けてしまうからです。口腔ケアをしっかりとした群は、しなかった群と比較してインフルエンザ発症が大幅に減少したとする医学論文もあります。鼻呼吸にも異物やウイルスを取り除いてくれるというメリットがあります。吸った空気が保湿されるので、呼吸器にも優しいのです」(大谷さん)
このほか、加湿器も有効。湿度を保つことで喉の乾燥を防ぐほか、風邪もひきにくくなる。ただし、加湿器にカビが繁殖するとかえってアレルギー性肺炎である過敏性肺炎のリスクが増してしまう。カビの発生を防ぐために、加水せず毎日水を交換することや、定期的に清掃することが必要だ。
(ライター 及川夕子、図 増田真一)
池袋大谷クリニック院長。2005年に東京医科歯科大学呼吸器内科医局長に就任。米国ミシガン大学に留学などを経て、2009年に開院。全国屈指の呼吸器内科の患者数を誇るクリニックに。医学博士、日本呼吸器学会呼吸器専門医・指導医、日本アレルギー学会専門医・指導医、日本内科学会総合内科専門医。近著に「絶対に休めない医師がやっている最強の体調管理」(日経BP)がある。
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