社長は「一番下で」支える 意思決定は公平・透明にJT 寺畠正道社長(上)

「結局、東京の指示をのまざるを得ず、現場が『やりたい』と言っていたことが実現できないことが何回かありました。この結果、現場のモチベーションが下がってしまいました」

――つらかったですか。

「しんどい時期でしたね。本社と現場の間に挟まれ、うまく動けなかった。失敗というか苦い体験です。結局、マンチェスターの工場はうまくいかず、その後閉鎖することになりました」

――この体験がジュネーブ時代にどう生きたのですか。

「自分たちがしっかりコミット(関与)した計画でなければ、現場のやる気につながらないという教訓を得ました。外から課題が降ってきて、やりたくないのにやっていると、組織のモチベーションは上がらないし、一人ひとりの力を100%発揮できる環境にならないのです。この教訓を胸に、99年にジュネーブへ向かいました」

日本では前例のない巨額M&A

「JTは99年に米RJRナビスコ社の米国以外のたばこ事業、RJRインターナショナル(RJRI)を約78億3000万ドル(当時約9400億円)で買収しました。当時の日本では前例のない巨額のM&Aでした。私はマンチェスターから帰国後に日本で買収のチームに入り、海外事業子会社、JTインターナショナル(JTI)の立ち上げのためにジュネーブに派遣されました」

「RJRIの本社は『ウィンストン』や『キャメル』といったブランドを持つ米国のたばこ会社でしたが、負債を抱えこんだため、RJRIは投資を一切させてもらえずキャッシュ(手元資金)も本社に引き揚げられた状態。買収した当時、現地の社員たちは私たちに懐疑的でした。上のポストは日本人が全て取っていくのではないか、クビになるのではないか。そんな視線を感じていました」

ジュネーブ駐在時代はチームビルディングにカーリングを活用した(2000年、中央が寺畠氏

――日本流の押しつけは避けたい状況ですね。

「なにしろ巨額の買収で社運のかかったプロジェクトでしたから、日本からもいろいろといってくるわけです。でも、日本流を押しつけたら買収した会社は死んでしまう。私にはマンチェスターでの経験がありましたから。JTが買収したからといって、自分たちのやり方を押しつけてはいけないと考えました」

「そこで、JTIとして成長させるために何をすべきかの一点に集中することにしました。JTのやり方、RJRI時代のやり方それぞれありますが、どれが新しく生まれたJTIそしてJTグループにとって一番良いやり方なのかを見極めることに徹したのです」

今こそ始める学び特集
ブックコーナー ビジネス書などの書評はこちら
注目記事
次のページ
自分で考え、動くように変わった
今こそ始める学び特集
ブックコーナー ビジネス書などの書評はこちら