5700年前のガムに残ったDNAが語る 黒髪女性の病

日経ナショナル ジオグラフィック社

2020/1/11
ナショナルジオグラフィック日本版

5700年前にバルト海の島に住んでいた「ロラ」の想像図(IMAGE BY TOM BJÖRKLUND)

ロラと名付けられたその女性は、紀元前3700年にバルト海の島に住んでいた。乳糖不耐症があり、歯周病も患っていたかもしれない。カモ肉とハシバミの実を食べ、古代欧州の多くの狩猟採集民と同様に、青い瞳に浅黒い肌、黒髪を持っていた。

一方、ロラは何年生きたのか、いつ、どこで死んだのかはわからない。というのも、彼女に関する情報は全て、およそ5700年前に彼女がチューインガムのようにかんで捨てた小さな樹脂の塊に残るDNAが教えてくれたものだからだ。

これは、人間の身体とは関係のない物質を通して、はるか古代に生きていた人のゲノムの完全な解読に初めて成功した例だ。この研究は、2019年12月17日付けで学術誌「Nature Communications」に発表された。

明らかになったのはロラの遺伝情報だけではない。国際的な研究者チームは、ロラが樹脂を口にする直前に食べたと思われる植物や動物のDNAや、彼女の口の中にすんでいた無数の微生物の集団、つまり細菌叢(さいきんそう、マイクロバイオーム)のDNAまで特定した。

「人骨以外から古代の人間の完全なゲノムの情報を手に入れたのは初めてのことで、それ自体驚くべき成果です」。論文の共著者で、デンマーク、コペンハーゲン大学グローブ研究所の進化ゲノム学准教授を務めるハネス・シュローダー氏は言う。「微生物のDNAまで抽出できたというのは、非常に興味深いです」

人間の細菌叢に関する科学的な理解はまだ初期段階だが、それが私たちの健康に重要な役割を果たしていることがわかり始めている。人それぞれが持つ細菌叢の違いが、感染症や心臓病にかかるリスクのほか、その人の行動にまで影響する可能性もある。

古代のDNAとその個人が持つ細菌叢を合わせて解析することで、人間の細菌叢がどのように進化したかを知ることができると、シュローダー氏は言う。そして、たとえば数千年前に狩猟採集から農耕へ移った際に食生活が変化し、それによっていかに細菌叢が変化したのかも明らかにできると期待される。

狩猟採集民は定説より長く生存していた?

シラカバの樹皮を熱すると、糊のような樹脂が採れる。欧州では少なくとも中期更新世(およそ75万~12万5000年前)から、石の刃を柄に固定するために使われていた。古代の道具製作場跡からは人間の歯形が付いた樹脂の塊が発見されており、柔らかくして使用するために歯で噛んでいたのではないかと考えられている。シラカバの樹皮には殺菌効果もあるため、薬としても使われていたかもしれない。

人間の身体の遺物が見つからなくても、人が噛んだ樹脂があれば、それだけでそこに誰かがいたであろうことがわかる。この一見なんでもないただの塊から古代のDNAが採れるのではという疑問はかなり以前からあったが、実際にそれを実行するための技術は、つい最近になるまで開発されなかった。

19年初めには、1万年前の人間が噛んだ樹脂から得られたヒトゲノムが、ほぼ完全に解読されていた。樹脂は、スウェーデンのフセビー・クレフという発掘現場から30年前に発見されたものだ。この研究を論文にまとめたスウェーデン、ウプサラ大学考古学・古代歴史学の博士課程のナタリヤ・カシュバ氏は、「これらの遺物はずいぶん前から知られていました。ただ、今まで光が当てられなかっただけです」と述べている。

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