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ただ、ナインはめちゃくちゃ悪くて強い。最大の敵なので、僕の声がそれに耐え得るのか、ちゃんと悪になっているのかは、毎回不安ではあります。アニメは海外でも人気があるので、世界中のファンに対して、僕の声で大丈夫なのか、という心配も。

井上芳雄が声を演じた、シリーズ最凶の敵<ヴィラン>であるナイン  (c)2019「僕のヒーローアカデミア THE MOVIE」製作委員会 (c)堀越耕平/集英社

声優をやるたびに思うのは、絵と合わせて見ると、もうちょっと声に抑揚をつけたほうがよかったのかな、ということ。アニメの絵は、人間ほど細かく表情が変わるわけではないので、役柄の心理を表現するときは、多少デフォルメした声だったり、特徴がある声だったりしたほうがよいのかもしれない。でもそれって技術だし、僕が声優さんのまねをしようとしても一朝一夕にはできないから、結局いつもの通りやるしかない。そう考えると、声優さんの技術はすごい。専門的な勉強をきちんとされてきたプロフェッショナルだと実感しました。

例えば戦闘シーンになると、声優の方々はせりふだけじゃなくて、吐息や動いているときに出る声まで自然に出します。飲み物を飲む音もうまいものです。訓練しないとなかなかできないことだと思います。

ちなみに僕の場合なら、声優の仕事でしか出さないような声というと……例えば戦闘シーンで、「死ねー!!!」みたいなセリフは舞台でも出さない大声を出します。だから声優の仕事では、けっこう幅広い声を使わないといけません。

2019年12月5日に東京・豊洲PITで催された完成披露試写会に登壇した声優。左から梶裕貴、山下大輝、今田美桜、井上芳雄、岡本信彦、石川界人

「何分何秒」からいきなり演技に入れる技術

声優さんの技術で一番驚くのは、「何分何秒」という決まったところから、いきなり演技に入れること。舞台はその気持ちになれるまで自分で間をとったり、相手のせりふを受けたりしてから返します。ところが、アニメのアフレコを1人でやっていると、相手のせりふも何もなくて、その瞬間から演技を始めなければいけない。慣れなのかもしれませんが、やはりいきなり気持ちの流れをつくるのは、僕ら舞台俳優には難しい技術です。

そんな裏話もありつつ、『僕のヒーローアカデミア THE MOVIE ヒーローズ:ライジング』という映画自体もすごく面白い。ヒーローになりたい人たちが集まって、ヒーローになる勉強をしている学校が舞台。“個性”というおのおのの武器があって、それを生かして戦うという設定が面白いと思いました。

個性自体は実際にあり得ないような特殊な能力ですが、その設定だけをとれば、今の世の中と全く一緒だと感じます。現実の社会でも、ヒーローになりたい人もいるだろうし、それを求めている人もいるだろう。自分の個性をどうやって見つけるか、生かすかというのは、誰しもが抱える課題だろうし、その中で友情があったり、憎しみがあったりというのも、現実社会と変わらない。とても共感できる話だと思いました。ぜひ映画館で楽しんでいただければ、うれしいです。

井上芳雄
 1979年7月6日生まれ。福岡県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。大学在学中の2000年に、ミュージカル『エリザベート』の皇太子ルドルフ役でデビュー。以降、ミュージカル、ストレートプレイの舞台を中心に活躍。CD制作、コンサートなどの音楽活動にも取り組む一方、テレビ、映画など映像にも活動の幅を広げている。著書に『ミュージカル俳優という仕事』(日経BP)。

「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。第60回は2020年1月18日(土)の予定です。