
ワインの生産地として有名な米国カリフォルニア州。北のナパ、ソノマ、南のサンタバーバラに続き、中部セントラルコーストのパソロブレスが頭角を現している。屋外でワインを試飲し、クラフトジンをすすり、クラフトビールを味わうため、年間140万人の酒好きがこの美しい町を訪れる。
パソロブレスの正式名称はエル・パソ・デ・ロブレス(スペイン語で「オークの峠」の意)。カリフォルニア州では、ソノマをはじめとする農業地域が壊滅的な山火事に襲われたが、パソロブレスの町と周囲の丘陵や渓谷は被害を免れた。伝統と実験が共存するこの町では、ほかにはない独自のコミュニティーが形成されている。

セントラルコーストには何百年も前から、チュマシュ族やサリナ族などの先住民が暮らしている。周辺に温泉が湧くこの地を、サリナ族は「泉」と呼んでいた。18世紀にスペインのフランシスコ会が伝道所を開いたとき、サリナ族は修道士たちに温泉の健康効果を教えた。その後、一帯では農業が盛んになり、牛の放牧、農産物やワイン用ブドウの栽培が始まった。
ワイナリー(ワイン醸造所)の数は100ほどだったが、この20年間で250を超えるまでになった。現在は1万5000ヘクタール以上ものブドウ園が広がり、60以上の品種が育てられている。地元のワインメーカー(醸造者)たちは、先見の明を持つ人たちのコミュニティーとパソロブレスのユニークなテロワール(気候や土壌、地形など、ブドウ栽培を取り巻く環境)のおかげだと口をそろえる。

ワイナリー「クックラ」のオーナーで、自身もワインメーカーであるケビン・ユシラ氏は「(パソロブレスには)世界中から優れた人材が集まってきます」と話す。「しかし、ここには反逆精神のようなものもあります。私たちは伝統を重んじていますが、同時に実験を愛しています。なぜルールを破ってはいけないのだろうと自問しています」
フィンランド語で「丘」を意味するクックラは、パソロブレスにはごくわずかしかない灌漑(かんがい)なしの畑の一つだ。灌漑をしないでブドウを栽培すると、年ごとの土地の変化が反映された香り豊かなワインをつくることができる。
「進歩的な回帰」を自称する自然派ワインの生産者アンビス・エステーツは、力強いワインをつくるため、古代ローマ時代の陶器アンフォラをブドウの熟成に使用している。ローヌ品種栽培の先駆者であるタブラス・クリークでは、ヤギを使ってバイオダイナミック農法を主導している。ヤギの群れが被覆植物の維持と堆肥の供給を担う。
ブドウからジンをつくる
パソロブレスで注目を集めているのはワインだけではない。いくつかのワイナリーは蒸留にも挑戦し、ワインの醸造過程で生じる廃棄物を減らそうとしている。ワインの醸造に利用されなかった果汁から、グラッパやブランデーをつくるのだ。また、ジンの原料にブドウを使用している蒸留所もある。ロックで飲むとおいしいシルキーな蒸留酒だ。