弟子入り10年・年男・五輪イヤー… 大きな節目の予感
立川吉笑
あけましておめでとうございます。師匠・談笑と交互に続けているこの連載も、思えば長く続いている。
年が変わって2020年。オリンピックイヤーであり、師匠に弟子入りしてから丸10年を迎える年であり、年男の36歳になる年でもありと、僕にとっては大きな節目の年になりそうな予感に満ちている。
何となく「年男」について好き勝手に書いてみたいと考えたけど、少し調べたら2018年に「年男」をテーマに書いていることが分かった(「年男年女、年動物… 落語家は思い巡らす」)。この頃は「NIKKEI STYLE」で何のエクスキューズもなく当たり前のように「ありえないこと」を書くことを好んでいた。もっともらしく文章を連ねるけど内容はハチャメチャ。当時と今で趣味趣向はそんなに変わっていないとみえて、2年ぶりに読んだ「年男」の文章を、僕は面白く感じた。「年生物」って何それ?
過去の自分が立ちはだかる
気づけば最近はそういうことが増えている。新作落語を中心に活動していることもあって、常に「自分が面白いと思うこと」と向き合ってきた。「まだ10年なんだから、まだまだこれからだ!」と思う自分もいるけど、現実問題として新しいネタを考えようとした時に過去の自分が立ちはだかる。今の自分が興味を持つことの多くは、過去の自分もすでに興味があって、すでに考えてしまっているという事実。良い表現を使えば「うまく形にしていく技術」みたいなものは培われているから、何となく新しいネタみたいに見せることはできるけど、自分にはそれが瑞々(みずみず)しいアイデアかそうでないかは分かってしまう。たまに思いつく納得のいくネタも、根っこのところではかつて作ったネタと同じ構造だったりする。
入門してすぐの頃、師匠から「いま面白いと思ったことや、感じたことは全部残さずメモをしておきな。それが後々必ず大きな財産になるから」と言われた。新作落語を作ったり、古典落語に大胆な独自の演出を施したりしてきた師匠も、だんだん瑞々しいアイデアが浮かばなくなってくる恐怖と向き合ってこられたのかもしれない。何より怖いのは、瑞々しいアイデアが浮かびづらくなっていると自覚しながら、その事実にそこまで恐怖を感じなくなっている自分がいること。「面白い物を作りたい」という強い衝動で師匠に弟子入りをしたのに、今も同じような強い気持ちを持てているかと言えば疑問が残る。
新年早々、どんよりした内省のようなものなってしまっているけど、これも新年だからこそだと許してもらいたい。冷めた目で見たら、一様に流れていく時間を恣意的に区切ったものにすぎないけど、やっぱり年が変わると気分も新たになる。また新しい自分になれる気がする。
「区切り」の効果を味方に
この区切りの効果を近頃は痛感している。僕みたいな事務所に所属していないフリーの落語家は、自分から動かないとどうにもならない。どれだけサボっても自己責任で、誰かに怒られることはない。調子がいい時は何も考えずに邁進(まいしん)できるからよしとして、一度流れが滞り出すとリカバリーが難しい。定期的に独演会を開催するなどして、強制的にリズムを設けようとするけど、独演会自体も、もともと自分で勝手に決めたことだから、落ちるところまで落ちた際には区切りの役目を果たさない。
その点、従来の寄席という仕組みはつくづく良くできているなぁと思う。1~10日は上席、11~20日は中席、21~30日が下席と1カ月が10日ごとに区切られている。さらにそれぞれの初日と最終日は全体で打ち上げをやったり、一門によっては初日は師匠宅に全員が集合するルールがあったり。区切りのスケールが1年毎や1カ月毎の人間に比べて仕切り直しのきっかけがたくさんある。
さて、今日がお正月休み最終日という方も少なくないだろう。明日からまた日常が始まる。我が身を思うと、毎日のあれこれですぐにいっぱいいっぱいになってしまうのが目に見え、そうなったら目の前のことを全力で消化するしかなくなるから、早いうちに先々まで思いを馳(は)せておかないとまずい。これまでの自分を変えることはとても難しいと身にしみて分かっているけど、自分をより良く変えるためには明日から、いや今から行動を起こすしかないのもまた事実なんだと、自分に言い聞かせている。
本名は人羅真樹(ひとら・まさき)。1984年6月27日生まれ、京都市出身。京都教育大学教育学部数学科教育専攻中退。2010年11月、立川談笑に入門。12年04月、二ツ目に昇進。軽妙かつ時にはシュールな創作落語を多数手掛ける。エッセー連載やテレビ・ラジオ出演などで多彩な才能を発揮。19年4月から月1回定例の「ひとり会」も始めた。著書に「現在落語論」(毎日新聞出版)。
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