伊藤詩織さん 被害前と変わらず夢追い、笑顔で生きる
「レイプ被害前と変わらず夢を追い、笑顔で生きていい」「夢をかなえることで女性を勇気づけたい」「経験を告白することで社会のあり方を変えたい」――。フリージャーナリスト伊藤詩織さんが、自身に起きた出来事を巡り刑事事件では不起訴になった後、日経WOMANの2018年5月号で語った約1年半前の言葉だ。そして19年12月18日、損害賠償を求めた民事訴訟で東京地裁が勝訴判決を下した後の会見でもその言葉通り笑顔を浮かべ、また被告の会見にジャーナリストとして挑んだ伊藤さん。その言動は、確実に社会を動かす力となっている。
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アメリカに端を発する、自身のセクハラ被害を告白することで、女性への性被害を可視化し団結を促す「#MeToo」運動が、今、日本でも語られ始めている。そのきっかけをつくったといわれるのが、フリージャーナリストの伊藤詩織さんだ。
伊藤さんは、17年5月に司法記者クラブで会見。「元TBSワシントン支局長からレイプ被害を受けて警察に被害を届け出たが、一度は発行された逮捕状が警察上層部の判断により取り消されたこと、事件の不起訴処分を不当として、検察審査会に申し立てを行ったこと」などを報告した。会見後、日本の#MeTooの"先導役"と注目されたが、素顔は、自身いわく「ようやくスタートラインに立てたばかり」の、フリーの映像ジャーナリストだ。
ジャーナリストを目指し、ニューヨークの大学で学んだ後、ロイター通信の日本支社でインターンとして働き始めた。「いずれはフリーになりたいと思っていましたが、両親から、『2年間は会社勤めをしなさい』とアドバイスされて。就職先を探すなかで、ニューヨーク在住時に一度お会いした、TBSのワシントン支局長を思い出しました」。テレビ局の海外支局での現地採用の道を探れないか。そんな就職相談をする過程で、事件は起きた。
「レイプ被害もショックでしたが、同じくらい、逮捕状が取り消されたことが衝撃でした。また、病院で検査したり、警察で証言したりする過程で、被害に対する理解の低さ、被害を受けた際に必要な情報の少なさを思い知りました。会見を行ったのは、個人の告発が目的ではなく、法律や社会のあり方を変えたい思いからです」
どんな被害を受けても『変わらない自分』を大切に
しかし、会見後は、事件当日の行動から、会見時の服装まで、揚げ足を取るようなバッシングが続いた。「事件後から友人宅に身を寄せていましたが、精神的に参ってしまい、死を考えたことも」。支持の声が耳に届き、再び立ち上がることができたのは、17年10月に手記を発表した後だと言う。
周囲の人々からは、「会見を開けば日本でジャーナリストになる道は断たれる」と忠告も受けていた。「そこで、会見を開くずっと前から、飛び込みで企画を持ち込み、海外で活動できる手がかりをつくりました。今は、海外メディアを中心に、映像ニュースやドキュメンタリーを発信しています」。
17年に発表した、孤独死に関するドキュメンタリーを含む2作品は、ニューヨークの映像作品コンテストの最終候補に残った。しかし、「もっと伝えたかったことがあり、自分では納得がいっていない作品。伝え方を工夫して、さまざまなテーマに挑戦したい」と笑顔を見せる。仕事や自身の未来を語る彼女は、常に笑顔だ。
壮絶な現場に自ら足を運び取材と撮影をし、Channel News Asiaで放映された孤独死のドキュメンタリーは、NEW YORK FESTIVALS WORLD'S BEST TV & FILMSの最終候補に選ばれた。
「経験を話すことで、政治や社会を動かそうとする人たちの力になりたいと思いますが、私自身は"活動家"には向いていない」とキッパリ。「自分のことを話すより、社会の理不尽に押しつぶされる、声なき声を代弁しようと思うときのほうが、力を発揮できる実感があります。人の声を届ける今の仕事が大好きです。仕事を続けることで、いつか"レイプ被害者"ではなく、"ジャーナリスト"伊藤詩織と思い出していただけるように頑張りたい。被害前と変わらずに夢を追い、笑顔で生きていいのだと、同じ立場の女性たちに伝えたいんです」。
「10歳のときに、初めて自分で買った本。動物の写真に、示唆に富んだ言葉が添えられた写真集です。子供のライオンが象に踏み潰されそうになっている写真に添えられた、『今日が最後の日だと思って毎日を生きよう。いずれその日はやってくるのだから。』という言葉が、人生の教訓のようになっています」
1989年生まれ。フリーランスで、エコノミスト、アルジャズィーラ、ロイターなど、主に海外メディアで映像ニュースやドキュメンタリーを発信。2017年5月に司法記者クラブで、自身が受けたレイプ被害について、検察審査会に申し立てを行ったことを報告する会見を開いた。19年12月18日、東京地裁は伊藤さんが起こした損害賠償を求める民事裁判で勝訴の判決を下した。
(取材・文 岸本洋美、写真 窪徳健作)
[日経ウーマン 2018年5月号の記事を再構成]
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