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最初の生命が始まる瞬間は 宇宙生物学、再現に挑戦

東京工業大学 地球生命研究所 藤島皓介(3)

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NIKKEI STYLE

ナショナルジオグラフィック日本版
文筆家・川端裕人氏がナショナル ジオグラフィック日本版サイトで連載中の「『研究室』に行ってみた。」は、知の最先端をゆく人物を通して、世界の不思議や課題にふれる人気コラム。2020年の年明け前後の「U22」に転載するシリーズは「宇宙生物学」がテーマ。地球と地球外の生命をともに考える地平からは平和へのメッセージが聞こえてきます。

◇  ◇  ◇

東工大地球生命研究所の藤島皓介さんは、とても大づかみに言って「生命が創発される条件を再現して確認する」研究を行っている。もう少し詳しく言えば、遺伝情報が転写され、翻訳されてタンパク質に至るまでの過程、いわゆる「セントラルドグマ」がどのようにして成立したのか、実験室の中で復元することで、その謎に迫ろうとしている。

そういった実験について詳しく教えてもらう前に、「そもそもの話」をしておこう。

とても大事なことなので、立ち止まって問いたい。

「生命って、何ですか?」と。

それが分からないと、すべての議論が漠然としたままになってしまう。

「クマムシの話をしましょうか」と藤島さんは、前にちょっと出たクマムシの話に立ち戻った。

「クマムシって面白くて、乾燥したりして乾眠状態、いわゆる樽(tun、タン)状態になる時、生と死のはざまの位置に自分を置いているわけです。ぼくも時折スライドなんかで出して、今このタン状態になっているクマムシは生きていますか、死んでいますかって問いかけます。代謝もすべて止まっていて、死んでいると言っていいわけですけど、水をかけると生きた状態に戻ります。生命の本質とはなにかと語ろうにも難しいのに、なぜか生きている状態と死んでいる状態というのは、何となく見分けられると。たぶん実はここにヒントがあって、生きているということと、生命であるということはたぶん別物です。生きているというのは状態で、その状態を維持するためのシステムが生命です。タン状態に入ったクマムシは、生命のシステムは持っているけれども停止している状態だと、僕はとらえてますね。水をかけるとそのシステムがまた動き出すわけです」

「生命とは」という問いかけだから、自然と議論は哲学的な領域にも踏み込む。生命の生命たるゆえんは、「生きている」という状態そのものだけでなく、それを維持するシステムにあるという見解には、はっとさせられた。

では、その上で、どういう条件が揃ったら、そういったシステムを持った生命と言っていいのだろうか。

「やはりそれも難しいんですが、幅広く受け入れられる説明を2つします。ひとつは、専門的な言葉になりますが、『非平衡状態の開放系』、つまり物質やエネルギーの出入りを許す構造を持つということです。これは、地球化学、生物物理、生化学の知識がある方には馴染みやすい説明だと思います。地球あるいは太陽から得られる様々なエネルギーを利用して絶えず有機物と金属を中心とした反応ネットワークの構造を維持しています。つまりは代謝をしていると言い換えてもいいかもれません。一方で『進化可能な自己複製系』というのもあって、これは、微生物学、進化生物学、分子生物学などに馴染んだ人には納得しやすいと思います。それぞれ生命のどの面を重視しているかの違いです」

藤島さんが挙げた「2つの説明」のうち、前者は、要するに代謝すること、つまり、ぼくたちが今、なにかを食べて、体の中のいろいろな反応のサイクルを回してエネルギーを得て、それによって活動してまた何か食べて……というふうに続ける仕組みに相当する。一方で、後者は、自己複製し子孫を残し、進化していくものという捉え方だ。いずれも相矛盾する話ではなく、着目点が違う。現時点の知見では、前者の方が早い時点で実現し、後者のほうが時間的には遅れて実現したと想定される。

藤島さんの研究は、そういった生命のシステムが回り始める瞬間をとらえるためのものだと言い換えることもできる。それを合成生物学的な実験で行うというのだから、それはつまり原始地球の環境とそこにいた「生命の種」みたいなものを実験室内に再現して、様子を見ることにほかならない。

具体的に何を目標にしているのか。まずは代謝にかかわる話題として、藤島さんはこんなところから説き起こした。

「地球生命が利用しているエネルギーは、化学反応によるものが主です。特に物質間で電子がやりとりされる『酸化還元反応』に由来する電位差に基づく自由エネルギーを活用しています。電子を橋渡しする上で、最も重要とされているタンパク質はその中に、金属補因子と呼ばれるものを持っているんです。鉄・硫黄クラスターという、鉄と硫黄からなるナノスケールの鉱物の塊です。それが電子をつかまえて、体の中で起きている酸化還元反応のために必要な電子を供給しています。僕はこういった鉱物を持ったタンパク質がどんなふうにできてきたのか注目しています」

鉄・硫黄クラスターを持つ「鉄硫黄タンパク質」というのは、エネルギー代謝に必須で、ちょっと調べてみると、光合成だったり、窒素固定だったり、細胞の中にあるミトコンドリアでのエネルギー代謝で電子伝達を担っているものもそうだと分かった。つまり、今の地球生命が、必要な炭素や窒素を確保したり、エネルギーを得るために普遍的に使っている仕組みなので、「生命の起源」を問うためには欠かせない。

なお、一般にはあまり意識されていないけれど、地球生命を形作るタンパク質の約半分が、その中に金属を抱えているそうだ。一番有名なのは、赤血球の中にあるタンパク質、ヘモグロビンに鉄が組み込まれていることだろうか。これも、「酸素と結合として運ぶ役割」なのだから、まさに酸化還元反応に関与していることに指摘されて気づいた。

では、鉄・硫黄クラスターは、どんなふうにタンパク質に取り込まれたのか。

鍵となるのは、原始地球にあった陸上の温泉や海底の熱水噴出孔だ。

「原始地球で『紐』ができた後、なにかの機能を持ったものが残ってこなければ生命にはつながらないという話を前にしましたけど、そこから考えましょう。アミノ酸がつながってペプチドになっても、それだけではほとんどガラクタです。では、どうやって、特定の機能を持ったものが濃縮されて、選ばれるのか。注目しているのが、その頃の環境中にあった鉱物の表面なんです。たとえば、地上の温泉にも海底の熱水噴出孔にも豊富にある硫化鉱物です」

陸上の温泉や海底の熱水噴出孔は、常に外からエネルギーを供給されている場なので、原始的な代謝を行う要件を満たしやすい。利用可能な化学エネルギーが次々に供給されており、それゆえ、生命の誕生の場の有力な候補と考えられている。一方、硫化鉱物というのは、書いて字のごとく硫黄と結合した金属のことだ。温泉に行くと硫黄の臭いがすることから分かるように、地球の内部から熱水が出てくるような場所には硫黄がたくさんあり、硫化鉱物を作っている。

「鉱物表面でアミノ酸がつながって紐になってペプチドができうるというのは分かっています。そこで、硫化鉱物の表面に、さまざまなペプチドがアットランダムに触れたとして、そのうちの幾つかが特異的にくっつくのではないかと考えて、実験をしました。アミノ酸の配列がランダムな様々なペプチドを用意して、硫化鉱物の表面にくっつけて、くっつかないものは全部洗い流した上で、残ったものがどんなペプチドなのか、鉱物とペプチドのペアを全部浮き彫りにするんです。それも、ただどんなアミノ酸があるかだけでなく、その配列まできちんと調べます」

温泉や熱水噴出孔の周囲では、特定の硫化鉱物にくっつくペプチドが選ばれて濃縮されるかもしれないというシナリオを思い描いて、藤島さんはそれを実験室で確かめた。そして、実際に硫化鉱物の表面にくっついて濃縮されるペプチドがあることもつきとめた。

では、そうやって濃縮したペプチドの性質はどうだろう。ただ、硫化鉱物とくっついて濃縮されるだけでは、やはり生命活動に役立つような機能を持っているとは言えないのでないか。

ぼくがそのように述べると、藤島さんはニヤリというのに近い笑みを浮かべた。

「つまり、鉄・硫黄クラスターを持つタンパク質の原型は、鉱物の表面に結合していた短いペプチドが、鉱物の表面を一部はがして溶液中に遊離したものなんじゃないかと考えているんです。だから、タンパク質の中で、鉄・硫黄クラスターを取り囲むような位置にあるアミノ酸を持ったペプチドが、本当に特異的に濃縮するかどうかというのを、今まさに調べているんです」

なるほど! 疑問が氷解する。硫化鉱物の表面にペプチドをくっつけてみる実験は、原始の環境の中で特定のペプチドが選ばれて濃縮される仕組みを確認しようとするものであると同時に、生命がいかに酸化還元反応のエネルギーを利用できるようになったのか、「鉄・硫黄タンパク質」の起源を問う壮大な意図を持っていたのである。特定のペプチドが選ばれて濃縮されることと、それが必然的に、生命活動に本質的な機能を持ったものになるということが同時に示せれば、大きなブレイクスルーになるだろう。

なお、鉄硫黄タンパク質で、「鉄・硫黄クラスター」を囲み、逃げないようにトラップする役割を担っているのが、前回も登場したアミノ酸のシステインだ。システインは、地球の生命が使っている20種類のアミノ酸の中で唯一硫黄を含むチオールという官能基を持っており、まさにその硫黄の部分で「鉄・硫黄クラスター」の鉄と結合する。だから、システインは生命活動の中でとても重要な役割を演じていると言える。天然にはあまり存在しないために、安定供給のためには自分で合成するのだが、現在のシステイン合成酵素にはそれ自体システインが使われている。システインが先か酵素が先かという「鶏と卵の問題」が顔を出す。その謎の一端を解くために藤沢さんが行ったのが「システイン抜きのシステイン合成酵素を作ってみる」研究の背景だった。

「結局、エネルギー代謝とセントラルドグマ、代謝系と翻訳系、これら両輪を回さないと生命のシステムは維持できず、同時になければ意味がないことが多いんです。そういう時に、ここはどっちが先かというのが非常に難しいんですよね」

ジレンマの中に、本質的な何かが隠れていることがよくある。硫化鉱物の表面にペプチドをくっつけてみる実験について、「特定のペプチドが選ばれて濃縮する仕組み」と「代謝系の起源」に橋をかけて一つながりのものにするものだと理解したのだが、さらにそれだけでは済まない視野があることにも気付かされた。藤島さんの探求は、実を言うとこの手のジレンマを解消する道をさぐることでもある。

=文 川端裕人、写真 内海裕之

(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2019年3月に公開された記事を転載)

藤島皓介(ふじしま こうすけ)
1982年、東京都生まれ。東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)「ファーストロジック・アストロバイオロジー寄付プログラム」特任准教授、慶應義塾大学 政策・メディア研究科特任准教授を兼任。2005年、慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、2009年、同大学大学院政策・メディア研究科博士課程早期修了。日本学術振興会海外特別研究員、NASA エイムズ研究センター研究員、ELSI EONポスドク、ELSI研究員などを経て、2019年4月より現職。
川端裕人(かわばた ひろと)
1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、『青い海の宇宙港 春夏篇』『青い海の宇宙港 秋冬篇』(ハヤカワ文庫JA)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその"サイドB"としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた近著『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。近著は、世界の動物園のお手本と評されるニューヨーク、ブロンクス動物園の展示部門をけん引する日本人デザイナー、本田公夫との共著『動物園から未来を変える』(亜紀書房)。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。

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