予約の半分は新規客 ポルシェ初EVはテスラを超えるか
止まらぬクルマの電動化。特にドイツ勢の勢いはすさまじいものがあるが、ついにあのポルシェも初のピュアEV(電気自動車)、「タイカン」を発表した。2ドアスポーツではなく、4ドアセダンなのはなぜなのか? ウワサ通りテスラを脅かす「テスラキラー」なのか? 小沢コージ氏が上海で開発エンジニアのオットマー・ビッシェ氏に話を聞いた。
ルマン育ちのEV技術をタイカンに投入
小沢コージ(以下、小沢):ついに登場したポルシェ初のピュアEVタイカン。一体どこがすごいのでしょうか。
オットマー・ビッシェ(以下、ビッシェ):まず充電方式がほかと違います。800Vの高圧充電システムを導入しているんです。
小沢:それ、気になっていたんです。たいていはどんなに高くても400V程度ですよね。一体どんなメリットがあるのですか。
ビッシェ:非常にシンプルです。電力の勉強をした人なら誰でも分かりますが、電圧が高い分、同じ電力を移動させるのに電流が少なくていいのです。その分ムダがなく効率が良くなりますし、電線も細くてすむ。電力システムを軽くシンプルにできるんです。
小沢 反対にどこが難しいのでしょう?
ビッシェ 電気の世界では、一般に直流で750Vを超えるものを高圧といい、取り扱う人はトレーニングを受けなければいけません。システムのカバーを1つ当てるのにも研修を受けなければならない。
小沢 なぜポルシェはその世界に踏み切れたのでしょう。
ビッシェ 1つはレース経験があります。ポルシェはルマン24時間レースの最高峰クラスであるLMP(ル・マン・プロトタイプ)車両に、長い間800Vの充電システムを使ってきました。そこでメリットを試すとともに、信頼性を培ってきたんです。
小沢 ビッシェさんはずっとポルシェでルマン用ハイブリッドマシンの開発をしてきたと。
ビッシェ ポルシェには2012年に来ました。それ以前はメルセデスで15年間電動車の研究開発をしていました。メルセデス初のハイブリッド乗用車「S400」は私の担当です。
小沢 すごいキャリアじゃないですか。つまりスーパースポーツ「918スパイダー」やルマンで優勝した「919ハイブリッド」も開発したんですね。
ビッシェ そうです。
猛威の加速を繰り返し実現
小沢:タイカンにはほかにどんなメリットがありますか。
ビッシェ:タイカンには前後2モーターの4WDシステムが使われていますが、アクスル(前後車軸)には918のノウハウが投入されています。フルタイム4WDですが、リアに2段変速ギアが入り、後輪寄りのトルクを発揮します。
小沢:まさにリアルレーシング技術だ。しかしなぜポルシェはピュアEVをまず全長4.9m台の4ドアセダンで出したんですか?
ビッシェ:違うサイズに既存4ドアの「パナメーラ」があり、競合を避けたかったのです。
小沢:タイカンは実は今世界的に勢いあるEVベンチャー、テスラを打倒することを目指していると聞いていましたが。
ビッシェ:いいえ。競争相手ではないです。
小沢:でもボディーサイズはテスラ「モデルS」にソックリじゃないですか。さらにどこかの記事で「モデルSの0-100km/h加速が2.7秒なのに、タイカン・ターボSは2.8秒だから少し負けている」と書かれているのを読みました。いいんでしょうか?
ビッシュ:(ほほ笑みながら)大丈夫です。それ以外の挙動は優れていますし、何より先日24時間のロングランテストをして、1日で約3400kmを走り切りました。その間、26回連続で0-200km/h加速をしましたが、まったく同じパフォーマンスを発揮しました。テスラは同じタイムで走れないでしょう?
小沢:なるほど。テスラは最初の1回は速くても、すぐに電池やモーターが温まって劣化するし、その猛烈なパフォーマンスをまったく維持できないと。
ビッシェ:詳しくは断言できませんが。
既に3万台を受注し、半分は新規客
小沢:ちなみにどれくらい売れることを予想してますか?
ビッシェ:現状でも受注は約3万台以上あり、予約金を1台2500ユーロいただいています。
小沢:すごい。でも、テスラはミッドサイズセダンのモデルSとモデルXを合わせて年間10万台近く売っています。それを考えると控えめではないでしょうか?
ビッシェ:大丈夫です。パナメーラほどの販売台数で十分ですし、社長は以前「需要より1台少ないのが理想だ」と言っていましたから。
小沢:やみくもに台数は追わないということですね。ちなみに現在予約しているのはどういうお客様なんでしょうか?
ビッシェ:大体50%以上がポルシェ以外のユーザーです。
小沢:ええ? それは意外。ポルシェの優良顧客がタイカンを買うんだと思っていました。もしかするとアーリーアダプターでテスラを買うような人も半分ぐらいいるのではないですか?
ビッシェ:さあ、わかりません。ただみなさん、本物のクルマが欲しいんじゃないでしょうか。
小沢:実際に開発で大変だったのはどこですか。走行パフォーマンス? それとも充電?
ビッシェ:充電は難しいです。理由はさまざまありますが、欧州、中国、米国、さらに日本とそれぞれ充電規格が違い、サプライヤーも異なるので、少なくとも10の規格が必要です。我々は世界の充電システムに対応しなければいけないし、互換性があるか確認しながら進めなければいけない。いかにEVにふさわしい環境を作れるかはポルシェにとってのチャレンジだと思います。
小沢:ちなみにいつかピュアスポーツ「911」はEV化するのでしょうか?
ビッシェ:もちろん2シーターEVが将来どうなるかのスタディーはしています。ただ、内燃機関のみを積んだ911は最後まで残るでしょう。911の電動化は最後になると思っています。
自動車からスクーターから時計まで斬るバラエティー自動車ジャーナリスト。連載は「ベストカー」「時計Begin」「MonoMax」「夕刊フジ」「週刊プレイボーイ」、不定期で「carview!」「VividCar」などに寄稿。著書に「クルマ界のすごい12人」(新潮新書)「車の運転が怖い人のためのドライブ上達読本」(宝島社)など。愛車はロールス・ロイス・コーニッシュクーペ、シティ・カブリオレなど。
(編集協力 北川雅恵)
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。