又吉直樹 新刊『人間』では共感できない面白さを追求
若手芸人が先輩芸人を通じて真摯に漫才と向き合う姿を描いた初の中編小説『火花』で、2015年に芥川賞を受賞した又吉直樹。受賞後第一作「劇場」では売れない若手脚本家の日々を描き、約2年ぶりとなる最新作『人間』で、初めて自身と同じ年、38歳の男性を主人公に設定した。
毎日新聞夕刊で18年9月から9カ月間の連載『人間』を、出版元の毎日新聞出版は「初の長編小説」と銘打つが、「僕自身は、中編とか長編とか意識したことはないんです。そもそも、長編って何枚からが長編になるんですか?」と又吉は戸惑う。長編と呼ばれる目安は、原稿用紙300枚以上。又吉作品は『火花』が230枚、『劇場』が300枚、『人間』は400枚。又吉にとって本作は、原稿の長さよりも書き方の違いが大きかった。
「初めての新聞連載やったので、全部書き上げてから区切って出していくほうが安全やし、それを目指していました。連載を始める時は40日分ほどあった原稿が、最後は2~3日分しかなくなって。タイトなスケジュールで、昨日書いたものを受けて反応していくように書いていました。そのせいか、自分でも『ライブ感があるな』という仕上がりになっています」
大きな作品を生み出せずに細々と書き続けている38歳の主人公と、20歳前後で表現への理想を爆発させる青い時代のエピソードや思いを交錯させながら、物語は進んでいく。
「表現者の"その後"を描きたいというのが、『人間』を書いた大きな動機です。物語というのは、誰かの人生における劇的な瞬間や展開を閉じ込めることが多い。けれども、物語が終わった後もその人物は生き続けると思うと、その後のほうがしんどいんじゃないかって」
作中には又吉自身の実感も様々な形で表出されている。「表現者は、集まるものやと思うんです。明治時代の作家も、わざわざほかの作家の家まで行っていました。何かを思いついたら、誰かとスパーリングせんと、自分の考えが面白いか分からないし、自分が気づかない面白さを指摘してくれることもあります。僕の場合は、中学時代に1人、2人そういう相手がいたから芸人になれました」
「みんなに分かるものを書こうとは思っていません。小説は、共感できるものを探しに行くものではないと思うんです。共感できなくても面白いものはたくさんあります。本や映画のあおり文句で最近よく使われる『共感できました』というコピーは、実はエンタテインメントの幅を狭めている、と僕は思います。『分からんけど面白かった』を広めていく人も必要やと思うんですよね」
ちくっと世の風潮に釘を刺すのも、お笑いや小説をはじめとする"創作"を真摯にとらえるがゆえ。「どんな状況でも、発信するのはしんどくて勇気がいるものです。僕は、ほかに帰るところもないので、同じように覚悟を持って創作することを続けていきます」
(日経エンタテインメント!12月号の記事を再構成 文/土田みき 写真/鈴木芳果)
[日経MJ2019年12月20日付]
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