半沢直樹ドラマでIT企業の専務役に挑む(井上芳雄)
第58回
井上芳雄です。12月は、年明けから始まるミュージカル『シャボン玉とんだ 宇宙(ソラ)までとんだ』のけいこの合間をぬって、FNS歌謡祭に出演したり、『半沢直樹』の新年スペシャルドラマの収録があったりと多忙な日々が続いています。朝からドラマの収録、昼は舞台のけいこ、夜は歌謡祭のリハーサルという日もありました。肉体的には大変ですが、自分ができるいろんな表現を求められているのは光栄なこと。やりがいのある日々です。
12月4日には、フジテレビ系で生放送された『2019FNS歌謡祭』に出演して、ミュージカルメドレーのコーナーで、京本大我君と『エリザベート』から『闇が広がる』をデュエットしました。大我君は『エリザベート』のリニューアル以降、ルドルフ役を演じていて、僕はトート役として一緒にやってきました。彼は来年出演しないので、このタイミングで一緒に歌えて「うれしいね」と話して、衣装もメイクもないけど、劇中と一緒の気持ちで臨みました。彼はジャニーズのアイドルをやりながら、最初からミュージカルをやりたいと考えていて、今後も舞台はやりたいそうです。歌がうまくて、高い音域も楽に出せるし、ミュージカルの歌い方や演じ方を毎回追求している勤勉なところもあります。ミュージカル界には、頼もしい存在です。
槇原敬之さんと『世界に一つだけの花』を歌えたのもうれしかった。城田優君、山崎育三郎君と僕の3人で一緒に歌わせていただきました。槇原さんの曲は昔から大好きでずっと聴いていて、僕のアルバムでカバーしたこともあります。でも、お会いするのは初めて。腰の低い方で、「一緒に歌ってもらえるのはうれしい」と言ってくださって感激しました。僕は本人を前に、大好きでしたとは言えませんでした。好き過ぎて、逆に何も言えないってことありますよね? 僕の場合は、それでした。
そんなふうに、FNS歌謡祭はふだんは接点のない方とお会いできて、お話しできる貴重な場でもあります。声優の宮野真守さんや蒼井翔太さんは、ミュージカルに出ているので、「あの曲は大変じゃないですか」といった話をしました。THE ALFEEの高見沢俊彦さんからは「ラジオ聴きました」と言っていただいたり、出演者同士の交流が楽しかった。年末のお祭りみたいなところがあって、その熱にあてられたような感じもありました。
ミュージカル俳優の仲間も、たくさん出ていました。一昔前は地上波のゴールデン帯(19~21時)の音楽番組でミュージカルを真正面から取り上げてくれる機会はほとんどなかったから、「ありがたいね」という話を、濱田めぐみさんやみんなと話していました。
いろんなタイプの歌手が集まるFNS歌謡祭のような場に行くと、ミュージカル俳優の特徴がよくわかります。体が大きい人が多いし、何よりやたらと声が大きい。たいていのシンガーは歌うときに、耳にイヤーモニター(通称イヤモニ)をつけます。自分の声がどう聞こえているかをチェックするためのもので、イヤモニがあればスピーカーの音が届きにくかったり、反響が大きかったりしても、自分の歌声がはっきり聞き取れます。なので歌手の人は、実はそれほど大きな声を出していません。
一方、ミュージカル俳優は、歌うときに音を取りにくいのが当たり前というか、劇場全体に音が響いていても何とか歌うのが日常。イヤモニをつけずに歌うことに慣れているから、ほとんどの人はつけないし、つけていても途中でとってしまう人が多い。それで、もともと声が大きい上に、歌うときは声を出さないといけないとも思っているから、やたらと声が大きくなってしまう。なので放送では、音声さんが調整して下げているのだと思います。僕もテレビで歌うと、「井上さん、今日は抑えていますか」といろいろな人に聞かれるのですが、抑えているわけではなくて、調整されているのだと思います。
昨年『ナイツ・テイル-騎士物語-』のパフォーマンスで一緒に出た堂本光一君は、今年は『Endless SHOCK』の舞台そのままのフライングを披露してくれました。会場の飛天で初めてフライングするのを、なぜだか分かりませんが、すごく恥ずかしがっていました。僕は「何も恥ずかしいことないんじゃない。みんな楽しみにしているよ」と光一君に話して、光一君もこっちもいじってくれたりして、楽しかったですね。
FNS歌謡祭への出演は周りからの反響も大きく、お茶の間の盛り上がりもすごく伝わってきて、大切な時間を過ごしているなと感じました。
自分ができることを目いっぱい
12月は、ドラマの収録にも取り組んでいます。1月3日にTBS系で放送されるスペシャルドラマ『半沢直樹イヤー記念・エピソードゼロ~狙われた半沢直樹のパスワード~』に出演します。来年4月から始まる『半沢直樹』の放送に先駆けてのスペシャルドラマで、半沢が出向する子会社「東京セントラル証券」と関わるIT企業「スパイラル」が舞台のドラマです。
主役は吉沢亮君で、かつてある事件に関わったことで行き場を失っていたのですが、その才能を買われてスパイラルの社員として働いている辣腕プログラマーの高坂という役どころ。僕はスパイラルの専務で、高坂を高く評価している上司の加納という役です。
『半沢直樹』らしい痛快で、胸がすくような展開がたくさんあって、見ていて面白いと思います。「倍返しだ」みたいな、見えを切るような要素もあります。僕の役はそこまで切らないのですが、収録では「ここのセリフは、もっとはっきり言ってもらって大丈夫です」と言われる場面もありました。僕の中では、ドラマというとリアルな演技で、あまり大げさにしないイメージなのですが、今回はむしろ舞台っぽいかもしれません。
舞台がIT企業という、今の時代らしい最先端の業界なのも見どころです。ハッキングされたりとか、戦い方も現代的。もっとも僕自身はアナログな人間なので、IT企業の専務の役といっても、分からないことが多いですが(笑)。役者あるあるで、俳優はコンピューターとかは苦手な人が多いですね。だからこそ、新鮮な気持ちで演じられています。
僕自身のことで言うと、上司の役は珍しいかもしれません。IT企業だから、ばりばりにスーツを着ているというよりは、カジュアルな感じではありますが。最近はリーダー的な役も多くなってきました。40歳になり、年齢を重ねるにつれ、役柄が広がってきた実感があります。俳優はできる役の幅が広い方が絶対にいいと思っているので、やりがいがあります。
12月のある日は、朝からこのドラマの収録でIT企業の専務の役をやり、昼は1月7日に開演するミュージカル『シャボン玉とんだ 宇宙(ソラ)までとんだ』のけいこで悠介というシャイで少し頼りない青年の役をやって、夜はFNS歌謡祭のリハーサルで黄泉の帝王トートを演じました。「自分は何をしているんだろう」と思って、自分を見失いそうになりました(笑)。
1日中ずっと何か表現し続けていて、その形態も、ドラマではセリフで表現して、ミュージカルの舞台では歌って踊って、歌番組では歌だけで表現する。自分ができることを目いっぱいやらせてもらっています。本当にありがたいことです。
1979年7月6日生まれ。福岡県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。大学在学中の2000年に、ミュージカル『エリザベート』の皇太子ルドルフ役でデビュー。以降、ミュージカル、ストレートプレイの舞台を中心に活躍。CD制作、コンサートなどの音楽活動にも取り組む一方、テレビ、映画など映像にも活動の幅を広げている。著書に『ミュージカル俳優という仕事』(日経BP)。
「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。第59回は2020年1月4日(土)の予定です。
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