年の瀬に「お化け」のみやげ タクシー運転手は稼ぎ時鉛筆画家 安住孝史氏

日曜午前の築地場外市場(東京・中央)=画・安住孝史氏
日曜午前の築地場外市場(東京・中央)=画・安住孝史氏
夜のタクシー運転手はさまざまな大人たちに出会います。鉛筆画家の安住孝史(やすずみ・たかし)さん(82)も、そんな運転手のひとりでした。バックミラー越しのちょっとした仕草(しぐさ)や言葉をめぐる体験を、独自の画法で描いた風景とともに書き起こしてもらいます。(前回の記事は「酉の市・ナイター… 夜のタクシーが運ぶ興奮の余韻」

今年も早いもので師走もラストスパートに入りました。不思議なもので82歳となった今と子ども時代では時間の速さが違うようです。小中学校の授業の合間にあった休み時間がとても長かったのを懐かしく思い出します。

僕の育った東京の下町では、普通の小さな商店も大晦日(おおみそか)は夜遅くまで開いていました。通りではご近所が集まってたき火をして笑い合い、ツケ払いを清算する集金人が飛び回っているのが恒例の風景。今は普段から深夜営業しているチェーン店も増え、街の風景の中にあった年末年始の特別感は薄くなりましたね。

それでもタクシーにとって12月は一番の稼ぎ時です。忘年会など夜の集まりが多いこともありますが、やっぱり昼も夜も寒いことがお客様の乗車される大きな理由です。年末年始を故里(ふるさと)で迎えようと地方に帰る運転手も多いので、走る台数も減ります。帰省しない居残り組を含めた東京の運転手にとっては、ライバルが少なくなるチャンスです。

上野から長野まで列車を使わず

40年余り前のことだったと思いますが、12月30日の出番から帰ってきた同僚が「ヤスさん、行ってきたぞ。お化けが出た」とうれしそうに話しかけてきました。「お化け」とは運転手の仲間内の言葉で、かなりの遠方までいらっしゃるお客様を指します。めったに出ないのですが、ときどき出るから、そんな呼び方をしていました。

聞けばその同僚は、上野から長野市までお客様を乗せたというのです。乗ったのは東京に出稼ぎに来ていた同郷の4人組。おそらく料金は当時で4万円、5万円といった大金になったでしょう。大きな荷物と一緒に混んだ列車に揺られ、最寄りの長野駅から4人それぞれの家まで乗り物を使うことを考えたら、割り勘でタクシーに乗るのも悪くないと考えたのだと思います。

タクシーを使った目的は便利であったということだけではないようです。目的地に着くと「東京からタクシーで来たのか」とお迎えの人々が本当にびっくりしたそうです。トランクに入れた荷物の中身だけでなく、自分が頑張ってちょっと出世した姿と、みんなが驚く面白い話の種を「おみやげ」にできた時代です。ぜいたくと言えばぜいたくですし、見えを張りたかったということかもしれません。それでも、まるで家族を自慢するかのように長野で見たことを熱心に語っていた同僚を思い出すと、出稼ぎの人々が久しぶりに帰った故里にもたらしたサプライズは、やはり楽しい一幕として記憶されただろうと思うのです。

僕も暮れに東京・築地から神奈川県小田原市までお客様を乗せたことがあります。いつものように銀座のタクシー乗り場に着け、自分の車両が何番目かを勘定して待っていました。運転手はそうすることで、どのお客様をお乗せするのか見当をつけます。遠くへ行くのか、近距離なのか、性別や年齢、服装、雰囲気などから想像します。本音では「ロング(=長距離)」のお客様がいいなぁと期待したものです。もちろん、遠い近いに関係なくお客様には同じように接するよう心がけていましたが。

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