仲西さんの手には1冊の大学ノートがある。自分が中1のときに受けた「中1講義」のノートである。それをもとに、講義のプランを考える。今回の講義の準備のために3時間ほどの時間を費やしたという。
「教えるのが楽しそうだと思って、自ら講師を志願しました。中2のとき、日本数学オリンピックのジュニア部門で本選まで行きましたが、入賞はできませんでした。今年からは日本数学オリンピックに挑戦しようと思います。将来は数学の研究者になりたい」と、もう1人の中1講義担当講師の飯沢海さんは抱負を語ってくれた。
数学には哲学的な側面がある
部長の平山楓馬さん(高2)は、灘に合格する前から灘の数学研究部に入ろうと決めていた。出身は愛知県の田舎町。小学生のころから数学が大好きで、高校数学の問題を解くのが趣味だった。当然のように算数オリンピックに出場し、上位入賞を果たしている。中学受験塾には通わず、地元の個人塾のサポートだけで灘に合格した。いわゆる“中学受験エリート”とは違う。灘に来たら、算数オリンピックで競い合ったライバルたちに再会できた。
――数学研究部の醍醐味は何か。
「先輩に教わって、仲間同士で学び合って、後輩に教えることで、自分だけでは学べないことが学べることです」
――部としての課題は何か。
「できるひとがガンガン進めていくので、一部の部員には近寄りがたさがあることです。特に中2以降についていけるかどうかが大きな壁になっています」
――目標は?
「部長としてはやはり5月の文化祭を成功させることです。個人としてはこの春の数学オリンピックで日本代表を目指します」
――ライバルは開成、筑駒?
「そうですね。数学オリンピックで強い数学研究部は、うちとその2校にだいたい絞られます。でもいちばんのライバルはうちの部員です」
――将来の目標は?
「ゆくゆくは数学の研究者になるつもりです」
――目指すはフィールズ賞?
「いやぁ、そこまではまだ考えられません(笑)」
――「数学甲子園」というのもありますよね?
「はい。あれは団体戦なので、最近では公立高校も強いですね」
――定期試験前とか、クラスの友達から質問攻めになったりしませんか?
「それはありますね。先生に聞くより気楽ですから。数研の宿命みたいなものです(笑)」
――大学受験の数学はもう楽勝でしょう?
「まあそうですけれど、数研でやっていることと受験数学とは元来似て非なるものなんです。受験では、パターン化された問題を時間内に解く能力が求められます。でも僕たちがやっている大学以降の数学は、まずはすでにある理論を勉強したうえで、その数学の世界を広げることです。そもそも高校までの教科書の範囲はごく狭い部分にすぎません。数学オリンピックだって数学という広大な世界のなかにある狭い『村』のようなものです。」
「数学には哲学的な側面がある」と河口さんも言う。「高校までは目に見える世界の数学を扱っています。でも大学以降の数学では、目には見えない世界と向き合う覚悟をもたないと難しいんです。数学研究部をきっかけにして広い世界をのぞこうと少し試みるだけでも、結果的にそれをあきらめたとしても、それはその後の人生においてプラスになることだと思います。そのように『チャレンジする』ための場所、人、物、伝統がある程度そろっているということが、数学研究部に限らず、本校全体の良いところではないかと思っています」。そう語る河口さんの表情には、数学少年だった面影がいまでも残っている。
創立は1927年。日本酒の「菊正宗」で知られる「嘉納家」と「白鶴」で知られるもうひとつの「嘉納家」、「櫻正宗」で知られる「山邑家」の3つの酒蔵が資金を出してつくられた。建学の指揮を執ったのは大河ドラマ「いだてん」にも登場する嘉納治五郎。1学年は約220人。2019年東大合格者数は73人。東大・京大・国公立大学医学部合格者数の直近5年間(2015~19年)平均は177人で全国3位。卒業生には、ノーベル化学賞の野依良治氏や神奈川県知事の黒岩祐治氏、阪急阪神ホールディングス会長の角和夫氏などがいる。