バイクで得た自由と絆 日本ユニシス社長の金大高時代平岡昭良・日本ユニシス社長(上)

平岡昭良・日本ユニシス社長

最先端のITサービスやビジネスソリューションを手掛ける日本ユニシス。平岡昭良社長は石川県屈指の進学校にして、北陸唯一の国立高校である金沢大学付属高校(金沢市)の出身だ。自主自律の校風のもと、時には授業を抜け出してナナハン(排気量750CCの大型バイク)にまたがり、仲間と駆け巡った日々が、就職後の仕事の枠を越えたネットワークづくりの原点となった。

直前まで別の高校に進学を予定していたが、中学校の推薦で受験することになった。

最初は金沢大学付属高校という学校があることは知らなかったんです。出身は石川県西部の美川町(現白山市)。港町の風情があり、田園風景も豊かな小さな町です。そこで、中学校まで過ごしました。中学校3年生で進路を決めるときには、県立の進学校に行くつもりでいたんです。県立高校向けの模擬試験では成績が2番だったので、受験は安心していたところに、中学校から金沢大学付属高校を受けてみないかという連絡がありました。

金沢大学付属高校は1クラス40人程度で3クラスしかなく、高校から入れるのは半分ぐらい。中学校の推薦を受けて受験する仕組みだったようです。県内のそれぞれの中学に推薦枠があって、ルールで決まっていたかはわかりませんが、うちの中学校は毎年1人だったと思います。それで、学校側も候補者を探してたんでしょうね。私は一応生徒会長をやっていて、成績もそこそこでしたので声がかかったみたいです。

先生から受験を薦められても、「へーっ」という印象しかありませんでした。うちの実家が魚店や仕出し、料理店などを営む自営業で、親戚もほとんどが自営業で一般的なビジネスマンがいなかったから、子どもはいい学校に進むというより、早く社会に出て実業をやった方がいいという方針でした。親から勉強しろと言われたことはありません。

最初はよく知りませんでしたが、高校から入るのは難しい学校だと聞いて、面白いと興味も湧いてきました。それで受験してみたんですが、県立向けの普通の模擬試験とは全く違う問題でした。得意だった数学も歯が立たず、「こりゃ困ったな」と。受かるのは難しいかなと思っていたんですが、なんと受かりました。

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