ウユニはキュウリ、デボラは白子 湖の塩に合う食材は
魅惑のソルトワールド(36)
塩は採れる場所の違いによってさまざまな種類がある。ぱっと思い浮かぶところでは、海から採れる海水塩、地中で結晶した塩を掘り出した岩塩などだろう。世界各地で愛好されているヒマラヤ岩塩を代表格に、世界の塩の生産量の約6割は岩塩が占める。今回紹介するのは塩水の湖である塩湖から採れる湖塩(こえん)だ。
塩湖としてよく知られているのは、雨期に湖面に反射する空がまるで「天空の鏡」のように美しいと評判のボリビアのウユニ塩湖だ。面積は広大で、四国のおよそ3分の2ほどもあり、表面の高低差がわずか50センチメートルほどと非常に平たんなため、見渡す限りの地平線が眼前に広がっている。11月~翌4月は雨期で、この時期には湖面が塩水で覆われ、前述のような「天空の鏡」が現れる。5月~10月は乾期で、この時期に塩が収穫されている。
かつて貴族御用達の天然エステとも言われていたイスラエルとヨルダンにまたがる死海もおなじみだろう。塩分濃度は多種多様だが、死海などは飽和塩水(1リットルに330グラムの塩化ナトリウムが溶け込んでいる)状態になっているので、身体が自然と浮かんでしまう。ぷかぷか浮きながらタラソテラピー気分が楽しめるとあって、今でも人気の観光スポットだ。このように、世界各国には多数の塩湖が点在しており、特に海から離れた内陸部に住む現地の人にとっては貴重な塩分資源になっていたりする。
では、どのようにして塩湖はできあがるのか。いくつかパターンがあるのだが、まずはウユニ塩湖を例に挙げて説明しよう。ウユニ塩湖はアンデス山脈の標高3700メートルに位置する。アンデス山脈は大昔の地殻変動で海底が隆起してできたという。海水ごと持ち上げながら隆起したため、地中に海水が取り残され、一部は地中で結晶して岩塩となり、一部は氷河期の寒さで凍りつき、一部は岩や土に染みこんだ状態となった。その後、徐々に氷が溶けだして、周囲の岩塩や土に染みこんだ塩を溶かしながら流れ出てくぼ地にたまり、標高の高い位置に湖ができあがった。さらに、外部から淡水が流入する川がないため、太陽と風の力で徐々に干上がり、塩分濃度はさらに高まっていった。
このほか、死海のように周囲の地中に埋蔵されている岩塩や土壌に含まれる塩分が地下を流れる伏流水や雨水で溶かされて、くぼ地にたまって塩湖となるパターンもある。また、オーストラリアのデボラ湖のように、海水の飛沫が風に乗って運ばれて、山にぶつかって地上に堆積してできた塩湖もある。塩湖の成り立ちも様々なのだ。いずれの塩湖も、流入する塩水の量よりも蒸発する水の量が多い場合は、いずれ消滅し、塩性湿地になる可能性がある。
では、湖塩と海水塩と岩塩は、何が違うのだろう。
湖塩が面白いのは、海水塩のように塩水から結晶するのに、岩塩のように土壌の影響を受けやすいという点だ。飽和塩水のためプランクトンなどは繁殖せず、あっさりとした味わいのものが多く、そこにたとえば微量ミネラルが多いなどの土壌の影響が加わる。
しかし残念ながら「塩湖だから〇〇という味がする」「塩湖だから〇〇という特徴がある」ということを決めることはできない。もちろん、原料となる塩水の取水地の環境、岩塩ならば鉱山の環境なども塩の味や特徴に差が出る要因の1つとはなるが、塩の特徴や味わいの差を決定づける主たる要因は製法にあるからだ。塩湖だからといって共通点が必ずあるわけではない。その点は岩塩も海水塩も同様だ。そのため、その湖塩の味を知るためには、やはりきちんと成分表示を確認する必要がある。
そして、湖塩を楽しむには、成分やそれに由来する味わいだけではなく、塩湖が持つ物語にまで思いをはせてみてはいかがだろう。。
たとえば、ウユニ塩湖ではこんな物語が言い伝えられているという。神の娘であるドゥヌーパは、ある日ハンサムで優秀な護衛サハムと恋に落ち、子宝に恵まれた。しかし残念ながら子供は死産となり、さらにサハムはドゥヌーパを好きだったわけではなく、出世のために利用していたことがわかった。それを知ったドゥヌーパは悲しみにあまりに一人泣き暮れ、塩湖を臨む低い山に姿を変えた。その涙が川となり、たまってできたのがウユニ塩湖だという。そして、赤ん坊が吸うことがなかった母乳が流れ込んで、白くなったと言われている。
ウユニ塩湖は存亡の危機にもさらされている。観光客の増大に伴う汚染やゴミ問題などももちろんあるのだが、実は塩湖は実はリチウムなどの鉱物にも恵まれており、特にウユニ塩湖は埋蔵量が豊富なため、ボリビア政府が開発に乗り出している。すでに塩湖内には政府が管理する400平方キロメートルにも及ぶリチウム工場があり、試験的に運用されている。塩の取引額は安価でもうけにならないが、リチウムは1トン約300万円で取引されるといい、政府は塩湖の開発に力を入れているのである。このまま進めば、ウユニ塩湖で生産される塩はなくなってしまう可能性もあるのだ。
さて、ここではいくつかの湖塩を取り上げて、その特徴から相性の良い料理を導き出し、お勧めのレシピを紹介する。
●イスラエル「死海の塩」×川魚の塩焼き
イスラエルの死海で自然結晶した塩には、ほのかな苦味がある。その苦味は川魚の内臓が持つ苦味と類似しているため、川魚の塩焼きに使うと味の同化効果によりうまみがぐんと増す。特に鮎(あゆ)のような香りが強い川魚の場合は、その香りも増強されるため、よりおいしく食べることができる。
●ボリビア「ウユニ塩湖の塩」×キュウリの浅漬け
ウユニ塩湖から採取される塩はしょっぱさに角がなくまろやかで、上品な甘味とうま味を感じる。キュウリなどの味わいの淡泊な野菜に使用すると、うま味と甘味を付加してくれる。
●内モンゴル自治区「天外天塩」×豚バラ肉の煮込み
内モンゴル自治区のジランタイにある塩湖から採掘される「天外天塩」は力強いしょっぱさとほのかな酸味が特徴だ。このしょっぱさと酸味が豚バラ肉の油っこさをさっぱりさせるとともに、豚肉の油の甘さをしっかりと引き出してくれる。
●オーストラリア「デボラ湖塩」×白子のてんぷら
ちょっと変わった成り立ちのデボラ湖の塩はかなりしっかりしたしょっぱさとが少しミルキーなあとあじが特徴だ。そのため、白子のようなミルキーな食材との相性が非常に良い。そのまま白子にかけてしまうと塩のしょっぱさが白子の繊細な味わいを邪魔してしまうため、白子をてんぷらにすることで味の強さを合わせると、白子のミルキーな甘さをしっかり引き出してくれる。
●ジブチ「アッサル湖の塩」×フォカッチャ
湖底を転がることでできあがった美しい球状の結晶が特徴的なアッサル湖の塩はカリカリとした食感が特徴。フォカッチャやプレッツェル、もしくは塩パンのように、食感も重要なトッピング用途に最適だ。ピザ生地にこの塩とオリーブオイルだけをかけてもよい。
世界各国にはさまざまな塩湖が存在している。味わいや特徴は多種多様だ。ぜひ、現地の風景や背景に思いを寄せながら、その味わいを楽しんでみてほしい。
(一般社団法人日本ソルトコーディネーター協会代表理事 青山志穂)
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