上條恒彦さんにみるミュージカルの理想形(井上芳雄)第57回

日経エンタテインメント!

井上芳雄です。11月13日に『レジェンド・オブ・ミュージカル in クリエ』の第5回を催しました。ミュージカル界のレジェンドをお迎えして、日本のミュージカル創生期の話を、僕がホストとしてうかがう企画です。今回は上條恒彦さんに来ていただきました。上條さんの演技は、気がついたらセリフが歌になっているという、まさにミュージカルの理想形。実際にお芝居をしながら歌うパフォーマンスも披露していただき、感動を覚えました。

11月13日にシアタークリエで開催された『レジェンド・オブ・ミュージカル in クリエ Vol.5』。左から井上芳雄、上條恒彦(写真提供/東宝演劇部)

上條さんは、1958年に高校を卒業されて、役者を目指し長野県より上京。雑貨問屋の住み込み店員をはじめ様々な仕事を経験して、62年に舞台芸術学院の14期生として入学されます。その後、役者の道をあきらめて歌手として活動。71年に『出発の歌』が大ヒット。72年には市川崑監督の『木枯らし紋次郎』の主題歌『だれかが風の中で』も大ヒット。紅白歌合戦に出場されました。そして73年から本格的な俳優活動を始めます。

ミュージカルに出演するようになり、75年には『PIPPIN』でチャールズ役、77年からは『ラ・マンチャの男』の牢名主(ろうなぬし)、宿屋の主人役、93~2007年は『マイ・フェア・レディ』のドゥーリトル役、82~05年は『屋根の上のヴァイオリン弾き』のラザール役と、多くの作品で活躍されています。

『ラ・マンチャの男』は、この10月にも帝国劇場で上演されて、僕も拝見させていただきました。白鸚さんとのお芝居が素晴らしく、本当にお2人にしか出せない空気があって、こんなふうにミュージカルでセリフをしゃべって歌にいけたら最高だと思うような演技でした。上條さんは白鸚さんより2年先輩。白鸚さんに対して「染五郎の時代があり、長い幸四郎の時代があって、白鸚になられましたね。役者として非常に深いところにいかれて、1人の男が成長していく姿を生で見られたのはすごくうれしいことです」とおっしゃいました。長く一緒に演じてこられた上條さんだから言える言葉だと思います。

上條さんは、この『ラ・マンチャの男』をはじめ東宝ミュージカルを支えてきた大事な作品にずっと出られています。出演回数をみても、『ラ・マンチャの男』が931回、『屋根の上のヴァイオリン弾き』が823回、『マイ・フェア・レディ』が417回と、この3本だけで2171回を数えます。そこで森繁久彌さんや白鸚さんら、いろんな主役の方と一緒にやられて、演技を追求されてきた結果、歌いながらお芝居をするという表現において、東宝ミュージカルの理想を体現しているように、僕は感じています。

歌とお芝居の両方を組み合わせて、自然に演じるのは本当に難しいことです。僕も含めてミュージカル俳優はみんなそこを目指しているのですが、やっぱり一朝一夕でできるものではありません。上條さんは、そこにさらに役としての表現、例えば愛きょうがあったり、哀愁があったりという、日本人の心にもしみるようなエッセンスを含めて、しゃべっているうちに気がついたら歌っています。それもさりげなく、力を抜いた感じでやられる。まさに芸の域に達しています。

今回それを目の当たりにしたのが、『屋根の上のヴァイオリン弾き』から『もし金持ちなら』という主人公テヴィエが歌う曲を披露していただいたとき。「テヴィエは神様とお話しをするのが好きなんですよ。きょうも神様とお話しをするところから始めましょう」と言って、椅子に座ってセリフを語り始め、歌い出すと少し踊ったりもして、お芝居のワンシーンをそのまま演じてくださいました。

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