STORY 日本電産 vol.3

部署初の男性育休が変えた、開発を支えるチームコミュニケーション

日本電産 精密小型モータ事業本部 第3開発統括部
井上 正司さん

日本電産の精密小型モータ事業本部に所属する井上正司さん(32)は、2018年7月から同本部の男性社員として初めて育児休業を取得した。期間は約6カ月。担当する数十もの開発案件を育休期間中も滞りなく進めるため、いかにチームメンバーに引き継ぐか――。その工夫から生まれた新たなコミュニケーションのスタイルが、より短期間で成果を生み出す効率的な働き方をつくり出しつつある。

「働き方改革」で上司が取得を後押し

「ついにこの部署からも育児休業を取る男性が生まれるんだな」。井上さんが育休の希望を伝えたとき、直属の部門長はそう喜んだ。それまで精密小型モータ事業本部で育休を取った男性はゼロ。「すぐやる、必ずやる、出来るまでやる」という企業理念の通り、かつては時間がかかってもやり抜く「モーレツ主義」の社風があり、まとまって休むことになる育休を男性が取得するケースは全社でもまれだった。

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井上正司さんは日本電産で男性として初めて、約6カ月の長期育休を取得した

2018年度に1兆5000億円だったグループ売上高を2020年度に2兆円、2030年度に10兆円に伸ばす目標を掲げる日本電産が、長時間労働ではなく短時間で成果を上げていく「働き方改革」に大きくカジを切ったのは2015年度。出産や育児などで勤務時間に制約が生まれた女性も働きやすいよう、2016年度には社員が柔軟な働き方のアイデアを考える「ワークライフプラスキャリアプロジェクト」を展開するなど、女性活躍推進が本格化していた。そんななか2017年4月、井上さんは社内の説明会で男性も育休を取得できることを知る。

当時、井上さんは共働き。仕事から早く帰宅したほうが食事を作ったり、洗濯したりして、家事を夫婦でしっかり分担していた。大学時代は一人暮らしだったこともあり、家のことを自分でするのが自然だという感覚がある。とはいえ夫婦共に忙しく、「これで子どもが生まれて育児に時間を取られるようになったら、家事が回らなくなるな」と思っていたところだった。男性にも育休制度があるのだったら、取ってみようと夫婦で話し合った。

長女の誕生を3カ月後に控えた2018年春、恐る恐る育休取得を上司に相談した。「男性で最初に育休を取るケースになるからこそ、きちんとまとまった期間の育休にしよう」との思いだった。将来、自分の後輩に子どもが生まれたときも、上司である自分がしっかり育休を取っていれば取りやすくなる。そんな思いも込めて、期間は6カ月を希望した。上司の返事は「わかった。いつから取る?」。全社の働き方改革が進むなか、井上さんの思いを上司も後押しし、部署初となる男性の育休が決まった。

独自の進捗管理表をチームでシェア

取得のハードルは、井上さんが抱える仕事を育休中どのようにカバーしていくか。担当しているのは通信機器やサーバー向け冷却ファンに使うモーターの設計。さまざまな分野でデジタル化が加速し消費電力の効率化や耐久性向上のニーズが高まるなか、井上さんも常に40~50の案件を抱えている状態。これらの引き継ぎが課題だった。

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育休前、40~50件もの担当案件をチームメンバーに綿密に引き継いだ

井上さんが手がける磁気設計のチームは4人。担当する案件を漏れなく引き継ぐため、育休に入るまでの3カ月、すべての案件を2人体制で見ていくことにした。そこで役に立ったのが、井上さんが個人的に作成して使っていた進捗管理表だ。40件、50件にも上る案件を、抜け漏れなく効率よく進めるために、それぞれの開発の背景やそれまで試行した設計の履歴、進捗のスケジュールなどを一覧表にしていた。

この表をクラウド上でチームメンバーが閲覧できるようにし、引き継ぎを進めていった。それまで設計の作業は個人で完結していたところを、チームで共有するスタイルへの変更だった 。これが意外な副産物を生む。「先輩からは『これはいらんやろ』などとアドバイスをもらい、後輩には『井上さんのメモを通じて仕事の考え方が変わりました』と参考にしてもらえた」。設計の進め方をメンバーでシェアしたことで、チーム全体がレベルアップしたのだ。

3カ月の綿密な準備期間を経て、2018年7月、井上さんは無事に育休をスタートした。

スポーツニュースよりも料理番組

仕事の引き継ぎの一方、初めての赤ちゃんを迎える準備も進めていた。とはいえ出来は「ひどいものでした」。地域のパパ・ママ学級に行けば、風呂の入れ方の実習で赤ちゃんの人形の顔を参加者の誰よりもビショビショにしてしまう。育休が始まってしばらくも慣れない世話に戸惑いの連続だった。夜中にミルクをあげたり、育児以外の料理や洗濯、掃除を担当したが「家事を片付けようとすると子どもが泣き始めたりして、24時間緊張が続き、気が休まる暇がなかった」と振り返る。

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赤ちゃんだった長女も歩けるようになり、休みの日は2人でショッピングも

それも3カ月ほど奮闘するうちに、赤ちゃんがなぜ泣いているか推測できるようになってくるなど徐々に要領をつかんでいく。のちに仕事でも役に立つことになるのがタイムマネジメントだ。赤ちゃんが昼寝するなどで急に時間ができたとき、何を済ませれば後の家事が楽になるかを考え、行動する。「夕飯の野菜だけ切っておこうとか、効率的な段取りを考える習慣が身についた」という。

子育てに慣れてきたそのころ。ふと寝ている赤ちゃんの姿を見ていたときに、「かわいい」という思いがあふれてきた。最初は子どものためにと思って面倒を見ていたのが、かわいくなってくるとより育児に積極的になり、ますます関わり合う時間が増えていく。「将来、子どもの保育園や小学校の行事はすべて出席したい」と井上さんは話す。かつてはテレビでスポーツニュースを見ていた時間に、料理や家事の時短テクニックの特集を見ることも。育児で知り合った近所のママたちと対話アプリ「LINE」のグループでおすすめの小児科の情報を交換するなど、子育てのネットワークも広げていった。

アウトプットまでの時間を短縮

2019年1月。約6カ月の育休を経て職場に復帰した。休業中は、緊急時以外は職場との連絡はなし。復職して再び案件を引き継ぐ際に役立ったのも、オリジナルの進捗管理表だ。今は井上さんの案件だけではなく、メンバーの案件も一覧にして確認できるようにし、チームで進捗をシェアしながら業務を進める体制へと進化している。

子どもが生まれる前とは違い、仕事にだけ時間をかけるのではなく、効率よく成果を出して家庭の時間を確保しようという発想に切り替わった。

効率化のため、打ち合わせのスタイルも進化した。モーターの設計は井上さんが担当する磁気設計と、メカや回路の設計とをすり合わせながら進めていく。打ち合わせのスケジュールを以前は当日や前日に決めていたが、前もって予定を立てるようになった。「打ち合わせの日を目標に、それまでにどんな検証が必要か、それぞれが段取りして準備してから集まる。事前に情報共有も進み、打ち合わせの場での確認事項が減って、短いコミュニケーションでも結論を出せるようになった」。打ち合わせの効率が上がり、回数も減った。「より短い期間でアウトプットできる体制になりつつある」という。

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日々の打ち合わせも事前準備のうえ、短時間で進められるように

井上さんの初の男性育休へのチャレンジは、新しいチームプレーのカタチとして実を結びつつある。次の挑戦は、入社時からの夢である海外での活躍だ。台湾の拠点から、顧客のニーズなどを詳しくヒアリングして解決するセールスエンジニアとして声がかかり、2019年3月から半年間、長期で出張した。取引先で毎日違う担当者と会議をし、製品の特性から改善リクエストまで、きめ細かに声を聞き取って回った。その担当者から帰国後も相談のメールが来るなどの手応えも得た。今後、育児と海外での仕事をどのように両立していくか、アイデアを巡らせ始めている。

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台湾の拠点のメンバーと。帰国後も連絡を取り合う信頼関係を築いた

今では育休取得の「先輩」として、もうすぐ子どもが生まれる男性社員らから相談が舞い込む。「自分の子どものことなのだから、協力する、という感覚ではなく、自身が育児する、家事するという意識が大事だと伝えたい」。育休でつかみとった新たな働き方をエネルギーに変えて、井上さんの挑戦は続いていく。

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