生活費が一番厳しいのは30代 年功給与改革は進むか20代から考える出世戦略(73)

現在の大卒初任年収平均は300万円ほどです。そして30歳の平均年収はおよそ400万円。毎年およそ10万円ずつ年収が増えるような計算ですが、昇給額は6000円~8000円といったところでしょう。

この昇給額を引き上げて、30歳時点の年収を今よりも数十万円高めようとする改革が進んでいます。そうしないと、転職ができる優秀な若手から辞めてしまうから。それだけ企業側の危機感は高まっているのです。

皆さんの会社でも、もし若手の転職が多くなっているようなら、経営層や人事部はそんな改革を考えているかもしれません。

では、そのための原資はいったいどこから持ってくるのでしょう?

単純に人件費額を増やす会社は多くありません。持ってくる元は、40代以上の、すでに高い給与をもらっている世代です。彼らの昇給額を減らすことで、若手の給与を増やす取り組みが多いのです。

それは年功給与から脱却しようとする取り組みです。

家族を養うために生まれた年功給与

若いころは給与が低めで、年を取ると給与が増える仕組みを年功給与と言います。

多くの日本企業で年功給与はまだまだ存在していますが、実は世界的には珍しい仕組みです。アメリカやヨーロッパ、アジア諸国のどこの会社を見ても、能力や成果で給与を決めることがほとんどです。

ではなぜ日本では年功で給与を決めてきたのでしょう。

日本の給与の仕組みが年功的になった理由には諸説ありますが、大きく2つの歴史的経緯があったと思われます。

最初のきっかけは、太平洋戦争時の国家総動員法という法律です。この法律の第六条に「賃金などの労働条件に対しては必要な命令を出すことができる」とあります。この時にほとんどの会社の給与の仕組みを、「生活できる最低限の金額」に変更しました。

「生活できる最低限の金額」とはどのような基準で定めたものでしょう? それは家族の人数でした。口の数に合わせた給与、という考え方が普及したのです。

やがて戦争が終わりますが、戦後復興の中で、年齢と家族の人数が比例してゆきます。平均して男性は26歳、女性は23歳で結婚し、合計特殊出生率は4を超えていました。つまり戦後すぐに結婚した夫婦は平均して4人以上子どもをつくっていたわけです。

合計特殊出生率はその後緩やかに下降を続け、1970年代におよそ2前後に落ち着きます。このタイミングでは、年を取るとともに家族が増えていたため、年功で給与を増やす仕組みはとてもうまく機能しました。

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家族の標準モデルは4人だった
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