演出家・鈴木裕美 終の棲家は人が集まるご機嫌な場所
見晴らしのよさと日当たり。吟味されたものたちと壁一面を埋め尽くす書籍に囲まれながらも、すがすがしい抜け感。
この家に住むのは『フローズン・ビーチ』『かもめ』など話題の舞台を手掛け、演劇界をリードする演出家・鈴木裕美さん。
大学時代、住居設計を専攻していたという鈴木さんが自ら意図し、図面案を設計。築37年の中古マンションをリノベーションした。「越して来て1年の間だけでも、のべ100人以上の友達が訪ねて来た」という。
1年で100人以上の友達が訪れる、風通しのいい家
聞けば、夜な夜な料理好きの友人がやって来ては、この家で料理の腕を振るい、飲んで、食べていく。時にはお風呂に入っていく人あり、時には家主が仕事に出かけている間に、自分の友達を呼んで飲んでいる人あり。「もともと、人をたくさん招くことができる家にしたかったんです。できれば、この家に来た友達が、気兼ねせず、それぞれ好き勝手にふるまえるシステムになるともっといい」――そう思っていたら、本当に実現できたという。
つい先日も、寿司握りが趣味という職人はだしの若い役者仲間が、近所の魚屋で新鮮な魚を調達し、ゲストの希望に応えてその場で握るという寿司バーが開催されたそう。「まさか、ダイニングテーブルが寿司カウンターに様変わりする日が来るとは、想定していなかったですね(笑)」
「好きなものだけに囲まれた住まいをつくりたい」と考え始めたのは、50歳を過ぎてから。その思いをかなえるには小さな戸建てを建てるか、中古物件をリノベーションするかの二択だった。悩んだ末、「管理や維持がしやすい」という理由で、中古マンションのリノベーションを選択した。
実は、理想のひとり暮らしを構想し始めた時、友人から「それは終(つい)の棲家(すみか)になるかもしれないね」と言われたとか。
「この家で死ねたら、ありがたい」
「まったく意識していないわけではなかったけれど『確かに、そうなるかもな』と思ったらショックで。だからというわけではないけれど、もしもの時に備え、親友に合鍵を預けているんです。しかも、孤独死を時々イメージトレーニングしています。腐るところとか(笑)。いざ、想像してみると、ここで死ねたらありがたい。むしろ幸せというか、ラッキーだなと思う自分もいます。
好きなものに囲まれたこの住まいは、私にとってスポーツカーがメンテナンスのためにピットインするピット同然。言ってみれば、『大人として、自分で自分の機嫌をなおせる場所』ですね。ここに帰ってくれば、私の一定レベルの機嫌の良さを保てることが保証されています」
演出家という職業柄、機嫌のいい状態で毎日稽古場に行けることは、周りのスタッフや俳優たちのパフォーマンス能力を引き出す上でもとても重要なこと。単に有能なだけではダメで、現場で新しい発想が生まれたり、みんなが最大限の能力を発揮できたりする場をつくるには、やっぱり機嫌のいい状態でいなくてはいけない。
「自分が機嫌よく過ごすためにぜいたくをする必要はないけれど、他者にも影響してしまう自分の『ご機嫌』をキープすることには、いくらでもお金を使おうと思っているんです。結局まわりまわって自分の元にかえってくるし、そのほうがお得だからです。この家には稽古中の舞台のスタッフや俳優を呼ぶことをありますが、自分から仕事の話は一切しません。だって、私もここにいる人もみんな機嫌よく過ごしたいじゃないですか。いつもくだらない話ばかりしていますよ」
自分が好きなものを選ぶことに関しては、すごくわがまま
人が訪ねてくる家といっても、「友達は毎日訪ねてくるわけではないし、基本、ひとりにはなりたい放題のひとり暮らしです。私、ひとり時間も、ものすごく好きなんです」
この住まいも、鈴木さんがひとり時間を使ってひとつひとつ作り上げてきた。「とにかく好きなものを選ぶことにかけては、わがまま」と言うが、海外で調達したり、高価なものを購入したりしているわけではない。不必要にお金をかけず、自分の好きなものをとことん追求し、手に入れた後も必ず一手間加えて、アレンジするのが鈴木流だ。
「私は昔からインテリアはKartell (カルテル)やHALO(ハロ)が好きなんです。『これ』が欲しいというものがあるので、『それ』がヤフオクに出るまで待ちます。出ても高ければ、安い価格で出るまで待ちます」
たとえば、ブリキのダイニングテーブルやベランダのベンチ、ランプや椅子など、どれも「ヤフオク」で購入したというから驚き。
選び抜いたほうが、ひとつひとつを十分に味わえる
ほどほどのところで妥協せず、本当に好きなものだけを選び抜く。鈴木さんの審美眼は決して、ブレることがない。
「そこそこのものがたくさんあるより、本当に好きなものだけに絞ったほうが、ひとつひとつを十分に味わえるから結局、お得な気がします。テーブルでもランプでも、妥協してほどほどのもので済ませてしまうと、毎日ちょっとずつ、そのことに頭を悩ませることになるから。でも、本当に欲しいものがみつかれば、その時点で、私はこの先、そのお気に入りアイテムがボロボロになるまでそのことについて一切考えずにすみます。だから、その方が効率的だし、やっぱりお得なんです(笑)」
演出家。1982年、日本女子大学在学中に「自転車キンクリート」を結成。「自転車キンクリートSTORE」を含め、ほとんどの公演を演出。2011年、個人ユニット「鈴木製作所」を立ち上げ、小劇場から大劇場、ストレートプレイ、ミュージカル、ダンスと多種多様なジャンルで精力的に活動している。第35回紀伊國屋演劇賞個人賞をはじめ受賞歴多数。7月25日から、鈴木裕美さん演出の話題の舞台『フローズン・ビーチ』(ケラリーノ・サンドロヴィッチ作)が全国公演スタート。
(文 砂塚美穂、写真 花井智子)
[日経ARIA 2019年7月24日付の掲載記事を基に再構成]
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