「誰かに教えたくなる」wacciの曲(川谷絵音)
ヒットの理由がありあまる(17)
近年、あいみょんやヒゲダン(Official髭男dism)など、ヒット曲がストリーミングから生まれ始めており、音楽の主戦場がデジタルに移ってきている実感があります。さて、そんななかで僕が注目し、今回取り上げる1曲は、wacciの『別の人の彼女になったよ』です。
既に配信リリースから1年以上経つが、いまだにApple musicなどのストリーミングサービスで上位に入り続けている。きっかけは『関ジャム 完全燃SHOW』(テレビ朝日系)で、いしわたり淳治さんが「2018年のベスト10」で紹介したことらしいが、その後もカバー動画が次々とアップされたり、ミュージックビデオへのコメントがツイッターで話題になったりと、絶えずバズが起きていた。
ちなみに僕が知ったのもこのカバー動画。今年3月に僕は、弾き語り企画をツイッター上で開催し、優勝者には曲をプレゼントするとつぶやいた。そこで優勝したのが「にしな」という女の子で、彼女がカバーしていたのが『別の人の彼女になったよ』だったのだ。彼女の声が良かったのはもちろんだが、この曲自体が良かったことも僕の目に留まった要因であったと思う。
若者に刺さる"秀逸な言葉選び"
曲は王道中の王道アレンジで、ど真ん中のJ-POPなのだが、肝は歌詞だ。SNS世代の若い女子にはたまらない歌詞。別れた男女の物語を女性目線で描いており、別れた彼氏に対して、「私はもう新しい彼氏ができた」という事実を"別の人の彼女になったよ"と表現しているのが秀逸。元カレに対して何となく嫌味と未練を感じさせるし、何よりも切ない。サビでは"あなたも早くなってね/別の人の彼氏に"と歌いながらも、最後は"私はズルいから会いたい"という内容に変わってくる。「昔の男が忘れられない女」というよくあるテーマなのに、言葉選びが秀逸で、かつ分かりやすくつづっているため、若者に響くのだ。ボーカルの橋口洋平さんは「誰かに教えたくなる曲」と言っていたが、まさに今のヒットに必要なのはそれだ。
ストリーミングはCDと違い、新譜と旧譜に差がない。だからこそロングヒットもしやすいし、一度火が点(つ)くとなかなか消えない。タイアップなどなくても、SNSで広がれば一気に曲の認知度は上がり、再生回数が伸びていく。そしてストリーミングのランキングに名前が載ると、それで知った層がまたSNSに書き込む。こうやって、誰かに教えたくなる曲はSNSでヒットしていくのだ。『別の人の彼女になったよ』は言葉のインパクト、分かりやすさ、歌詞に対する共感度、どれも誰かに教えたくなる条件を満たしている。
僕がやっているindigo la Endというバンドの『夏夜のマジック』も、7月頃からTikTokを発端に、LINE MUSICで上位にランクインし続け、夏が終わった今も再生回数は伸び続けている。この曲は4年前の曲なのに、だ。ストリーミングでは新譜と旧譜に差がないというのがよく分かる実例だろう。『夏夜のマジック』 を川谷絵音が歌っていると知らずに聴いている人もまだたくさんいるはず。それくらい曲が独り歩きしている。『別の人の彼女になったよ』も、wacciというバンド名より先に曲が独り歩きしている印象を受ける。そして本当にヒットすると、アーティスト名が前に立ってくる。あいみょんやヒゲダンがそうだ。ただwacciもこれをきっかけに、タイアップなどでヒットしたら本当のヒットになってくるだろう。大ヒットの前のバズはSNSとストリーミングで起きる。
今の音楽界では3年前なら起こり得なかったようなヒットが生まれており、アーティストにとってはどんどんチャンスが広がっている。これからのヒットは"誰かに教えたくなる曲"という一言に尽きる。ちなみにindigo la Endは"何故か誰にも教えたくないバンド"とYouTubeのコメント欄に書いてありました。いや、教えろって(笑)。
1988年12月3日生まれ、長崎県出身。ゲスの極み乙女。、indigo la End、ジェニーハイ、ichikoroといったバンドのボーカルやギターとして幅広く活躍。ゲスの極み乙女。の新曲『秘めない私』を現在配信中。ジェニーハイは、11月27日に1stフルアルバム『ジェニーハイストーリー』をリリースした。
[日経エンタテインメント! 2019年12月号の記事を再構成]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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