「森と湖の国」の恵み詰め込むクラフトジン 日本上陸
「スピリッツ(蒸留酒)のコンテストで最も優れたジンの称号を獲得しない限り、一般販売はしない」。そんな信念に基づき、蒸留過程にもこだわった「クラフトジン」が日本上陸を果たした。北欧・フィンランドのアークティック ブランズ グループが手掛ける「アークティック ブルー ジン」だ。東京・恵比寿の高級シャトーレストラン「ジョエル・ロブション」内のバーでの提供開始を機に来日した開発者でブランドディレクターのミコ・スプーフ同グループ副社長に、作り手側の思いを聞いた。
アークティック ブルー ジンは、「ただのジンではなく、北極地方の大自然の恵みと『森の精』をボトルにそのまま詰め込んだ特別な一本」とスプーフ氏は胸を張る。蒸留所は首都ヘルシンキから北東に約450キロ、ロシアとの国境に程近いイロマンツィにある。近くにはコリ国立公園が位置し、周囲には手つかずの森や湖が一面に広がる。
そんなエリアで湧くピュアな水と、霜で覆われた地元の森に自生するビルベリー(ワイルドブルーベリー)やトウヒなど最も純粋な素材をもとにアークティック ブルー ジンは造られている。ボトルを開けると、「朝露したたる静寂な森の中に足を踏み入れた時のような自然の香り」が心地よく鼻孔をくすぐる。脳裏に浮かぶのは、まさにアークティック(北極地方)の銀世界やオーロラで、グラスを何度も傾けるうち、人間の本質をも研ぎ澄まされた気分になってくるから不思議だ。
「元来、アルコール好き」のスプーフ氏は、それまでは共同創始者の一人としてビール会社を営んでいた。そこから一転、仲間とクラフトジンの世界に飛び込んだのが2016年。「フィンランドの大自然の恵みを生かしたものを」という新たな思いの他に、ジンの成長性にかけたのも理由だった。
「アルコールを大量消費する時代は今は昔。しかも、今の若い世代がもっぱら口にするのはビールやウイスキーではなくカクテル」とスプーフ氏。その主たるベースの酒がジンで、この先も需要が見込めそう、とにらんだ。
食前酒、食後酒としてだけでなく、食中酒としても楽しんでもらいたい。クラフトジンの会社を起業した際、創業メンバー(計4人)の中にレストランシェフを一人加えたのは、「ジンと食とのペアリングを考えてのこと」と明かす。
ジンの蒸留過程では通常、チルフィルタリング(冷却ろ過)が行われる。だが、アークティック ブルー ジンはそれをせず、ノンチルフィルタリング(非冷却)による独自の手法を考案し、これまでのジンとは一線を画す。
チルフィルタリングはアルコール臭が除去できる半面、ジンに香りづけするブルーベリーなど「ボタニカル」の香りも失われがちになる。ボタニカルの香りを失わず、チルフィルタリングのいいとこどりができないか。そこからがトライアンドエラーの始まりだった。「米国やドイツ、デンマークなど国内外の蒸留の専門家らの知恵を借り、ようやく独自の手法考案に成功した」
試作品の数は1200ほどに上る。その間、ひたすら投資だけがかさみ、回収はゼロで「会社は3度、経営危機に見舞われた」とスプーフ氏は苦笑いする。
同社が商品化したジンは、アルコール度数が異なる2種類。「アークティック ブルー ジン」(度数46.2%)は2018年3月開催のワールドスピリッツアワード(WSA)に出展し、ダブルゴールドに輝いたが、それに甘んじることなく品質の改良を重ね、その半年後、香港で開催されたアジア最大級の国際酒類コンペティション、IWSC(インターナショナル・ワイン・アンド・スピリッツ・コンペティション)香港に出展し、トップの座に輝いた。
「アークティック ブルー ジン ネイビー ストレングス」(同58.5%)も18年7月に英国で開催された酒類の品質を競うIWSCに出展、銀賞だったため、持ち帰り、さらに品質に磨きをかけ翌19年春、米サンフランシスコで開催された数多(あまた)のスピリッツの中から優れたものを決める世界最大規模のSFWSC(サンフランシスコ・ワールド・スピリッツ・コンペティション)にエントリーし、見事「最優秀金賞」を獲得した。欧州勢としては初の快挙でもあった。
そのかいあって、ようやく一般販売解禁となり今秋、日本初上陸を果たしたわけだ。アークティック ブルー ジンの開発者であるスプーフ氏は、世界的な気候変動にも強い関心を示す。なぜなら、地球温暖化の問題はフィンランドの大自然とも密接に絡み、ひいてはその恵みを生かした自社製品の「品質」をも左右しかねないから、と同氏は指摘する。
クラフトジンは今や世界的ブームにもなっている。日本国内でもそうだが、フィンランドでもクラフトジンメーカー設立の動きは相次いでおり、さながら「ジンランドの様相を呈すほど」とか。クラフトジンの魅力は、ワインにおけるテロワールと同様、ボタニカルなどご当地ならではの特徴が楽しめる点だろう。
アークティック ブランズ グループの年間ボトル生産量は現在、200万本。国内需要より輸出に力を入れる方針といい、「日本は有力なマーケット」とスプーフ氏。「ジョエル・ロブション」の「ルージュバー」を皮切りに、日本国内の有名ホテルやバー、セレクトストアなどに販路を広げていく体制も整えた。
カルダモンやフェンネルシードの香りが漂うアークティック ブルー ジンはジントニックなどとして、一方、アルコール度数が高めのアークティック ブルー ジン ネイビー ストレングスはリキュールやベルモットと合わせたカクテル「ネグローニ」で。スプーフ氏おすすめの飲み方で、フィンランドのこだわりのジンを楽しんでみてはどうだろう。
(堀威彦)
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。