現役女医プロボクサー 本気が本業に与えた意外な効用
日々の仕事に励みながら、筋トレやエクササイズに励む女性たち。産婦人科医でありながら、「いつのまにかプロボクサーになってしまっていた」と語る高橋怜奈さんが語る、「ボクシングへ打ち込むことが本業にもたらした意外な効果」とは?
産婦人科医として働きながら、プロボクサーの顔も持つ高橋怜奈さん。2017年にプロデビューを果たして以来、4度試合に出場し、着々と実力を付けてきました。本業である医師の勤務時間は平日の8時半~17時と土曜日の8時半~14時。完全なオフは日曜日のみと忙しそうですが、スケジュールの合間をぬって週5~6回はボクシングジムへ足を運び、トレーニングに励んでいます。
音楽に合わせてサンドバッグをたたくなどフィットネス目的のボクシングとは違い、プロとしての練習や対戦では相手に殴られることも当然あります。試合前には緊張が高まり、楽しさより恐怖が勝ることも多いそうです。
そんな高橋さんには「なりたい体のロールモデル」がいるのだとか。例えば、映画『ターミネーター2』に登場するサラ・コナー(演じたのはリンダ・ハミルトン)。盛り上がる筋肉がガッチリと付いた、精神的にも肉体的にも強くてかっこいい女性像に憧れるといいます。
「20代の頃は本当になりたい自分を押し込めてしまっていた時期もありましたね。巻き髪にモテファッションで着飾って、『世の中ではこういうものがいいとされるんですよね?』という像に、自分を合わせていくような感覚でした。でも、せっかく好かれようとして自分を作っていたのに、結婚を考えていた恋人にもフラれてしまい……(笑)。30代を迎え、『なんか変わりたい!』と思っていたタイミングで、ボクシングと出合いました」
「ミーハーな気持ち」で始めたはずのボクシング
学生時代には硬式テニス、医師になってからはベリーダンスやゴルフと、運動には積極的に取り組んでいた高橋さん。しかし病院での当直勤務が多い時期には継続が難しくなったり、不規則な生活とストレスで急激に体重が増えてしまったりしたこともあるそうです。そんな自分と決別するためにボクシングを始めたのかと思いきや……。きっかけは「ミーハーな気持ち」だったのだとか。
「友人から招待を受けてボクシングの試合を観戦。そこに出場していた元世界王者の内山高志選手がとてもかっこよくて、戦っている姿に感動しました。『内山選手と同じジムに通いたい!』と追っかけ感覚で始めたので、最初はフィットネスとして通っていました」
しかし、ボクシングの面白さにのめり込んでいった高橋さんは、次第にフィットネスだけでは物足りなさを感じるように。「同じ時間を使って練習するからには、結果が欲しい」とプロライセンスへの挑戦を決断しました。
そのことを周囲に話すと応援の声はあまりなく、返ってきたのは後ろ向きな意見ばかり。ボクシングという危険なスポーツに挑む高橋さんを心配するが故に「今さらプロなんて無謀でしょう」「運動神経、そんなに良くないよね?」などと口々に言われたそうです。しかし高橋さんはそこで諦めるのではなく、かえってやる気スイッチがオンに。
「理由は分からないのですが、『できるはずがない』と思われていればいるほどエンジンがかかってしまう性格みたいです。高校時代にも『医学部に進学したい』と担任教師に話したら『現役では無理。浪人することを前提に』と言われ、そこから猛勉強して現役合格。自分の限界を決めつけてくるネガティブな言葉は、だからこそ成し遂げてやるんだという強い気持ちに変換するようにしています」
目標が定まるとまっすぐに向かっていくタイプの高橋さんは宣言通りプロテストに合格。医師兼プロボクサーとして歩み始めたのです。
鍛える行為が本業に与えた3つのメリット
ボクシングに本気で取り組んでいることは、意外にも本業である医師の仕事によい影響をもたらしているのだそう。高橋さんは、次の3つを挙げます。
(1)想像力が豊かになる
「診察に当たる中で、より患者さんの気持ちを思いやれるようになりました。例えば、病気が見つかって手術が必要な状況になったら、医師としては『早く手術をすること』を最優先にしてテキパキと話を進めがち。でも、本業以外にも大切な軸を持つ自分を患者さんの身に置き換えてみると、見方が変わります。もちろん治療は大事ですが、ボクシングの練習や試合のことなど、自分にとって大切な問題も踏まえた上で、治療計画を相談したいと考えるでしょう。私が『医師』以外の顔を持つように、目の前の患者さんも色々な顔を持っているはず。そういう想像力を持ちながら、接することができるようになりました」
(2)頭のスイッチが切り替わる
「常に人と接し続けることになる医師の仕事。患者さんの人生と深く関わっていくことも多く、正直、家で休んでいても、仕事に関することをあれこれ考え続けてしまうことはあります。でも、トレーニングに励んでいる最中は、サンドバッグや目の前の相手に集中せざるを得ない。強制的に『仕事スイッチ』がオフになります。また、試合に備えなければ、と思うと、以前よりも食事や生活リズムに気を配るようになりました」
(3)「想定外」に強くなる
「対戦相手がいるスポーツに特有のことかもしれませんが、『コントロールできるのは自分だけ』という感覚になるんです。頭の中でいくら事前にシミュレーションしても、パンチを一発もくらわずに試合を終えることなんてほぼ不可能。コントロールしきれない状況を、トレーニングを重ねることで『何とか切り抜ける、乗り越える』という経験の積み重ねが、自分自身への信頼感の向上につながっています。医師の仕事では、基本的に『想定外のミス』は許されないことなので」
「プロ」じゃなくてもエクササイズを継続するコツ
体にアプローチすることによって、さまざまな内面の「変化」を実感しているという高橋さん。ただ、「いいこと」と分かってはいても、トレーニングやエクササイズを習慣化させるのは難しいですよね。プロではない私たちにも、実践できそうな継続のコツはあるのでしょうか。高橋さんは、「なりたい体のロールモデルを設定した上で、具体的な目標を立てることが大切」とアドバイスしてくれました。
「『この日に海水浴に行くから、水着を着る』でも、何でも構いません。できれば具体的な日付までを強制的に設定してしまい、それに向かって小さな目標を設定していく。一つひとつをクリアしていく度に達成感が得られるようになってきたら、いいサインです。モチベーションを維持するためには隙間時間でインスタグラムをのぞくのも有効。最近はトレーニングの様子などをアップしている人が多いですよね。私は、『カッコイイ!』と思える体の人をたくさんフォローして、眺めてはやる気を注入しています(笑)」
女医+(じょいぷらす)所属。東邦大学医療センター大橋病院・婦人科在籍。趣味はベリーダンス、ボクシング、バックパッカーの旅。2016年6月にボクシングのプロテストに合格をし、世界初の女医ボクサーとして活躍中。ダイエットや食事療法、運動療法のアドバイスも行う。
(取材・文 堤真友子、写真 清水知恵子、構成 加藤藍子=日経doors編集部)
[日経doors 2019年9月26日付の掲載記事を基に再構成]
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